アサド大統領の虚しい勝利Assad’s hollow victory

シリアは今後何年にもわたって周辺地域を毒するだろうSyria will poison the region for years to come

シリア政府軍、反体制派「最後の砦」イドリブ県の奪還間近―それでもアサド氏が国内外に招いた混乱は終わらない

2019/09/07

Leaders

「アサドか、あるいは、我々が、この国を燃やす」。何年にもわたってシリアのバシャール・アル=アサド政権軍の兵士らは、このスローガンを奪還した数々の町の壁に書きなぐってきた。反体制派はアサド氏を瀬戸際まで追い込んだが、アサド氏は、欧米諸国の指導者らの口先だけの脅しを一笑に付し、イランとロシアからの支援を受けた。自らのスローガン通り、アサド氏はすべての都市を破壊し、自国民に毒ガスを使用し、飢えさせた。反体制派として残っている者達がシリア北西部のイドリブ県に身を隠している。だが、イドリブもまもなく陥落するだろう。あらゆる不利な状況を覆して、怪物アサド氏は内戦に勝利した。

 

だが、これは虚しい勝利である。ロシアとイラン曰く「シリアに秩序をもたらす」どころか、国民の半数が家を追われた。8年におよぶ内戦はシリア経済を破綻させ、50万人の命を奪った。アサド氏には自国民に与えるべき良いものが何一つない。シリアは蹂躙され分断されるだろう。内戦の終結の影響は国境をはるかに超えた地域に及ぶであろう。

 

アサド氏の勝利のまさにその瞬間はイドリブ県で決定するだろう。同県の人口は約300万人だが、その多くが他の地域の戦火から逃れてきた者たちだ。イドリブは現在、国際テロ組織アルカイダ系の反体制派のイスラム過激派(ジハーディスト:聖戦主義者)組織によって掌握されている。彼らはやすやすとイドリブを明け渡さないだろう。彼らもまた、アサド氏の非情さがもたらした負の遺産である。というのも、アサド氏は2011年、かつては平和的なデモで始まった複数の宗派による民衆隆起を貶めようとして、ジハーディストの囚人数百名を釈放した。アサド政権は今、それらのジハーディストを、市民や病院と共に、空爆している。シリア政府によるイドリブ奪還戦は時間を要するだろうし、激しい戦いが予想される。

 

イドリブでの戦闘が終結しても、アサド政権をそもそも脅かしていた緊張は残るだろう。だが、その緊張はかつてなく悪化することになる。その最初の理由は、宗教である。アサド氏の父ハーフィズ・アル=アサド氏が国民の1割強にしか過ぎないイスラム教の少数派アラウィ―派に属しながらも長期政権を維持した理由の一つは、国内の宗派間の勢力を維持したことにある。だが、息子のバシャールは、キリスト教徒やイスラム教ドルーズ派、世俗的なシリア人らを味方につけるために、多数派であるスンニ派の政敵らを原理主義者と同一視した。何百万人ものスンニ派市民がシリアから逃げ出し、「より健全でより均一な社会」とアサド氏が呼ぶところのものが作り出されたが、数百万人の市民は国内に残っている。市民は自宅を略奪され、財産を没収され、アサド政権の支持者らによって市街が荒らされるのを目の当たりにした。憤怒と怯えそして抑圧の中にいる市民からアサド政権への反対者が生まれるだろう。

 

次の理由は、不当な扱いに対するシリア国民の憤りである。シリア内戦の発端となった2011年の民衆隆起は、政府の汚職や生活の困窮、社会の不平等に対する市民の団結により実現した。だが、事態は悪化するのみだった。シリアのGDP(国内総生産)は今や、内戦前の3分の1に縮小している。国際連合によればシリア市民の10人のうち8人が貧困状態にある。シリアの多くの地域が瓦礫と化している。だが、シリア政府の自国の復興計画は国をさらに分断する危険がある。国の再建には2500億ドル(約27兆円)から4000億ドル(約43兆円)が必要だろうが、アサド氏にはそのような資力もないし、計画を実行するためのマンパワーもない。したがって、アサド氏は自らに忠実でありつづける地域に国の資源を集中した。そうでなかったスンニ派が住むスラム地区では、建物が解体され、アサド氏の富裕な支援者らのための再開発が進んでいる。階級間と宗派間の断絶がますます拡大するなかで、国家再建計画の利益を得ているのはアサド氏の取り巻き連中である。

 

そして、そこにアサド氏の残虐性がからむ。父ハーフィズ氏は残忍な秘密警察と度重なる暴力的な対応で国民を監視した。NGO(非政府組織)「シリア人権ネットワーク」の発表によれば、息子のバシャールは権力を失う危険から、アサド政権が運営するシリア各地に広がる「秘密刑務所」で市民1万4千人以上を拷問し、殺害したという。刑務所には今でも12万8千人が投獄されたままとなっていると見られるが、おそらくその多くがすでに死亡しているだろう。シリア内戦の終結が近づいている現在でさえ、処刑の頻度は増している。シリア国民のほぼ全員がシリア内戦で親近者を亡くしている。心理学者らはシリア内戦が及ぼした市民の心の健康問題について警鐘を鳴らす。

 

そして最後の理由は、イランとロシアに対するアサド氏の「借り」だ。アサド氏の勝利は、両国からの武器の供給や助言、資金、および、「のけ者国家」を支援しようとする両国の意図のおかげである。イランとロシアは、借りの見返りに「利息」をつけた支払いを期待している。

 

それ故に、シリア人にとってアサド氏の勝利は悲劇的結末である。だが、反アサド派は万策尽きており、アサド氏は弱体化にもかかわらず、この先しばらくは権力にしがみつくことが可能だろう。アサド氏がトップの座に居座るかぎり、シリアの苦難は周辺地域全体に広がるだろう。

 

シリア内戦はすでに一握りの外国勢力の介入を招いたが、混乱はさらに大きくなるだろう。イランはシリアを、レバノンにおけるイランの代理勢力であるシーア派武装組織ヒズボラを補完するための、もうひとつの対イスラエル前線国家、として扱っている。イスラエルはこれまでにもシリア領内のイラン軍事拠点に空爆を数百回実施している。イスラエル軍の発表によると、8月にイスラエルが行った空爆は、イランとヒズボラの工作員による無人攻撃機(ドローン)によるイスラエルへの攻撃を阻止するためだった。シリア北部に軍隊を展開するトルコは、テロリストであるとトルコが見なすクルド人武装勢力に対する攻撃をシリアとの国境付近で実施すると脅かしている。そうなれば、トルコは、クルド人を支援しトルコに冷静な対応を呼びかけていた米国と対峙することになるだろう。

 

難民の存在はシリアの近隣国をも不安定にするだろう。アサド氏から逃げたシリア人は家に戻りたくない。シリア政府軍によるイドリブヘの攻撃により、国外へと逃れる人たちの数はさらに増えるであろう。彼らが難民キャンプに滞在する期間が長いほど、恒久的に続くディアスポラ(民の離散)に陥る危険性が高まる。彼らはすでにヨルダン、レバノン、トルコなどの受け入れ国を動揺させている。これらの国々の地元住民の多くは、支援は資源の垂れ流しであり彼らの職を奪うとして、難民らを非難している。トルコは、イドリブといった危険な地域にさえ一部の難民を帰還させている。

 

難民の流出は近隣諸国からさらに広い地域に拡大する可能性がある。自国では財産を奪われ、他国では煙たがられる難民は、先鋭化するリスクが高い。アサド氏の無慈悲な戦術よって、自国民の大部分が悲惨な状況に追い込まれ社会から疎外されている。シリアの刑務所は過激派思想を育む孵化器と化すだろう。シリアの刑務所ほど国際テロ組織「アルカイダ」とイスラム過激派組織「イスラム国」の温床としてより理想的な環境があるだろうか。米当局はアルカイダとイスラム国がすでに「シリアで復活している」と指摘する。米軍は5月にイラクとシリアのイスラム教過激派の拠点に54個の爆弾とミサイルを投下した。6月と7月に米軍が投下した爆弾の数はそれぞれ100個以上に上った。

 

シリア内戦の初期段階にはアサド氏をシリアから追放できたかもしれなかったのに、その好機に何一つ行動を起こさなかった西側諸国は今や、シリアが進む方向を変えるために出来ることがほとんどない。欧州の指導者の中には、今こそアサド氏に働きかけ、シリア再建に参加し、難民を祖国に帰還させる時であると考える人もいる。だが、この見方は見当違いである。シリア難民は自ら進んで自国に戻らないだろう。シリア再建で利益を得るのは、アサド政権と、それを支持した有力地方軍閥や外国勢だけだ。むしろロシアとイランにシリア復興にかかる費用を出させた方がよい。

 

西側諸国はむしろ、人道目的に限った支援を提供し、化学兵器の使用などの凶悪行為への報復を行うと脅かすことで、シリアの困窮を救うべきである。米国はイスラム国とアルカイダの勢力拡大を食い止め続けるべきだ。だが、シリアにおいてアサド氏の悪政が許されているうちは、西側からの支援金のほとんどは、近隣国の支援に使われるほうが良い。内戦でシリア国民はひどい苦しみを味わった。アサド氏の勝利によって、彼らの苦悩は続くだろう。

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