5月初旬、中国の国家元首として約10年ぶりに来日した胡錦涛主席は、「暖春の旅」と自ら名づけたように、日中友好を強調するのに躍起となった。前回の江沢民主席とは異なり、表面的には歴史問題などで説教めいた言葉は封印し、日本の国民感情に゛配慮″した言動に終始した。福田康夫首相との首脳会談に臨む前に「パンダの貸与」を発表したり、首相とともに早稲田大学で行われた日中青少年の交流イベントに参加して、北京五輪・卓球の日本代表で中国のプロリーグでも活躍する福原愛選手と対戦し、スマッシュを決めて周囲を沸かせたりする一幕もあった。私は思わず「昔の名前で出ています」という歌謡曲を思い出したが、「パンダ」といい「ピンポン外交」といい、胡主席の゛攻め手″はなんとも古くさい印象ではある。
対する福田首相はどうだったか。胡主席と福原選手の卓球で゛観客″を決め込んだ首相は、記者団に、「(胡主席の卓球は)非常に戦略的で、なかなか油断してはならないなと思った。私は一緒にしないでよかった」と笑いを誘ったという(産経新聞平成20年5月9日付)。まさに同紙の報じるとおり、中国の18番のスポーツで友好ムードを演出したということなのだろうが、では首相として胡主席に対し日本の立場を十分に主張できたかどうかといえば、これは非常に心もとなかったと言わざるを得ない。
胡主席にとって今回の訪日は、3月のチベット騒乱以後初の外遊で、日本との関係緊密化を印象づけることによって、国際社会で高まっている対中批判を和らげ、中国外交の孤立を回避する目的があった。1989年に起きた天安門事件のあと、日本に天皇訪中を要請し、それがなされたことで国際社会への゛復帰″がなったことの再来を企図したと言ってもよいだろう。
しかし、胡主席は、東シナ海のガス田開発問題や毒餃子事件など日本国民の対中不信の原因となっている諸懸案に関しては、従来の姿勢を固持した。あるいは抽象論に終始するだけで、具体的な゛成果″を日本側に示すことはなかった。先に述べたが、この4月に死んだ東京・上野動物園のジャイアントパンダ、リンリンの代わりに雌雄2頭のパンダを貸与し、日本と共同で研究することを表明したくらいである。それも年間1億円以上ともいわれる高額のレンタル料とセット!
私事だが、亡くなった夫の周英明が、日本人がパンダに浮かれる姿を見て「中国の仕掛ける゛パンダ狂想曲″にしてやられている」と苦笑していたのを思い出す。だがそれは、日本にかぎらない。パンダはこれまでも貴重な中国の゛外交カード″として度々政治利用されてきた。
余談ながら、1949年の中華人民共和国成立後、友好国のソ連と北朝鮮に贈呈したのをはじめ、ニクソン米大統領が1972年に訪中した際、周恩来首相が米国にパンダのつがいを贈ることを決めて米中友好ムードの醸成に使ったことは有名である。その後、日本、英、西独、仏などにも次々に贈り、中国メディアが「世界で最も特殊な外交使節」と称したほどの効果を上げたが、日本人ほどこの「特殊な外交使節」によって中国という国の実像を見誤ってきた゛お人よし″はいないのではないか。たしかにパンダは一見可愛らしい動物だが、それに中国人のイメージを重ねるのはなんとも能天気というしかない。台湾も、陳水扁という台湾人総統の治下にあった2005年春、中国からパンダの贈与が提案された。しかし陳総統は、台湾人の懐柔を狙う中国側の政治的意図を察知し、「本来の環境で成育するのが適切」として受け入れを拒否した(残念ながら、今は昔の話である)。
「友好」演出に巧妙だった胡錦涛 ここで私は、日本に対する皮肉を言っているのではない。些事にも見える問題を論(あげつら)うことで、あえて憎まれ役を買って出ているのだ。それほど今回の胡錦涛氏の訪日は、中国人の本質を、日本人の前で糊塗するのに巧妙だったと思うからである。10年前の江沢民氏の訪日は、その外交儀礼をも無視した高圧的、無礼な態度から、さすがにお人よしの日本人も多くが、中国人との間に信義を期待するのは、「木に縁(よ)りて魚を求む」ものだと感じた。ところが今回の胡氏は、昨年4月に訪日した温家宝首相よりもはるかに、「中国は変わったかもしれない。日本を本当に必要としている」と日本人に思わせるのに十分な振る舞いだった。
たしかに、中国は日本を必要としている。それはこれまでもODA(政府開発援助)の提供者としてそうだったし、中国共産党政府の失政に対する中国国内の批判を逸らすための恰好の対象として必要だった。「日本の侵略に抗して中国人民を守ったのは中国共産党」という宣伝の道具である。中国が求める「中日友好」には、日本が必ずこの立場を引き受けるという゛暗黙の了解″があると彼らが考えていることに、いい加減日本人は気づくべきだ。
その暗黙の了解を壊したがゆえに非難されたのが小泉純一郎前首相だ。靖国神社への参拝を続けた小泉氏に対し、日本の親中・媚中派の人たちは、中国共産党の非難に乗っかって、日中関係を冷却化させ、友好関係を後退させた゛問題宰相″として責め立てたが、冷静にこの十年くらいを振り返ってみれば、小泉氏の対中外交で困ったのは日本側ではない。技術や資本が導入・投入されなくなり、「反日」による観光客減少なども重なって困ったのは中国側である。
「他人の嫌がることはしない。それが友達ではないか」と福田首相は述べたが、この発言がおよそ外交というものの本質をわきまえない浮薄なものであると同時に、より問題なのは、その姿勢が常に日本にだけ求められていることだ。中国人は、日本人が嫌がることをしてもよいのか。中国人にだけその自由が認められているのか。そうではあるまい。
摩擦回避のために譲歩を重ねるだけでは外交とは言えない。小泉前首相は、国を守るために命を投げ出した先人に対する慰霊の方式は、それぞれの国において、その歴史的慣習や宗教観に基づいて行われるもので、他国がそれに容喙すべきものではないという主権国家として当然の姿勢を示したものである。かりに、小泉氏が中国人や韓国人に対して靖国神社参拝を求めたのだとしたら、それは大いに批判の対象になろうが、小泉氏が求めたのは自国の政治家による静謐な環境での参拝である。
日本人が靖国神社に参拝するのに、いちいち他国の顔色をうかがう必要があるとしたら、それで独立国と言えるだろうか。これは歴史の反省が足りないなどという次元から非難されるような話ではない。そもそもそういうアジェンダをセッティングされてしまうこと自体が、日本人のお人よしを物語っている。中国人にしてみればまさに赤子の手を捻るようなものだ。
命の軽さは鴻毛のごとし
胡錦涛氏が帰国して間もなく四川大地震が発生した。5月20日の時点で死者7万人が見込まれている。この大惨事の被災者に対し心から同情する。少しでも多くの人命が救出され、1日も早い復興を願うものだが、被害映像を見て私が想起したのは、1999年9月に起きた台湾大地震のことだった。
このとき台湾では2,000人以上の死者を出し、堅固と思われていた建物が数多く倒壊して、台湾人を呆然とさせた。当時の総統は李登輝氏で、地震発生直後に対策本部を設置、数時間後にはヘリコプターで自身被災地に入り、陣頭指揮で人命救助と復興につとめた。日本からもいち早く阪神大震災の経験を踏まえた救助隊が派遣されて大いに活躍した。そのことがどれほど台湾人に日本を身近に感じさせ、日本こそがアジアにおける責任あるリーダーであると認識させたか。
あの大地震で台湾人が恐怖したのは、被災地で明らかになった手抜き工事の数々だった。台湾では゛中国式″と言われ続けてきたもので、日本の統治時代を経験している世代を中心に、戦後50余年、日本精神が日々薄れ、代わって゛中国式″に染まりつつある台湾社会に危惧の声が上がった。
「リップンチェンシン」という台湾語として定着した「日本精神」とは何か少し説明しておこう。それは勤勉、向上心、正直、仕事を大切にする、約束を守る、時間を守る、フェアであること等々、戦前の日本人が台湾に持ち込んだ諸々の徳目であり、それを良きものとして受容し、大切にしてきた台湾人の思いである。
対する中国式とは何か。自分だけが得をすればいいという物事の考え方。お上を絶対に信じない。秩序を絶対に信じない。「上に政策あれば下に対策あり」という中国人の思考様式である。それに台湾人も侵されてしまった。当時の状況は、そう感じざるを得ないものだった。
今回の四川大地震でも、多くの小中学校校舎などが倒壊した。それに関し、中国最高位の「総工程師」という資格を持つ建築士・夏一帆氏は以下のように分析した。
倒壊した建物などの多くは鉄筋コンクリート構造ではなくて、「おから工事」によるレンガ構造になっており、その原因として、@工事費が途中でピンはねされるなどの腐敗A建築関係の従業員の賃金が安く安全上の保証もないなどの貧弱な労働現場B冷凍餃子中毒事件など不良品の横行にみられるような道徳観の欠如の3点が挙げられるという(産経新聞平成20年5月18日付)。
夏氏は、2006年に北京市で北京五輪のために建設された橋が完成後、荷重テストをした際に重さに耐え切れずに倒壊した例を挙げ、「これは、建築物を発注した各種の政府機関の担当者が工事代金をピンはねした結果、材料費を安く抑えるなど手抜き工事があったため」と述べている。
一方、政府機関の建物については絶対におから工事はしないという。「地方では学校などの建設予算を流用してでも、しっかりとした建設物を造る。予算を削られた校舎などは材料費を削られ、もろい構造になってしまう。これは四川省だけでなく、全国的な傾向だ」そうで、一部の役人が甘い蜜を吸う腐敗構造は、明らかに共産党の一党独裁の影響。汚職や賄賂を監視して情報公開を進め、杜撰(ずさん)な工事をなくすべきだと夏氏は訴えている。
変わらぬ中華思想ゆえの不幸
外国(それも日本)のメディアにも、こうした中国政府への批判と読み取れる談話が散見されるようになってきたが、それでも私は中国政府が、国民のために情報公開や言論の自由を大幅に認めはじめたなどとは少しも思っていない。夏氏の指摘は、覆い隠しようもない現実として国民の知るところとなったから、ある種のガス抜きもかねて政府が見逃したのだろうと想像する。また国際社会へのエクスキューズもあるだろう。何としても北京五輪や2010年の上海万博を成功させたいと考えている彼らにとっては、ごく小さな譲歩にすぎない。
はっきりしていること、また今後も変わらないだろうと言えることは、中国共産党政府にとって国民の生命などは鴻毛の軽さしかないということだ。それはたとえば、晩年の毛沢東がソ連から大量のICBM(大陸間弾道弾)を買い込んでいることについて、訪中したフランスのポンピドー大統領(当時)が、「あなたは本気でアメリカとの全面戦争を考えているのか」と尋ねたのに、「場合によったらやるかもしれない。この国は人口が多すぎるから、2000〜3000万人くらい死んでも一向に構わない」という答えが返ってきて唖然としたというエピソードにも表れている。現に文化大革命の混乱では7000万人が殺戮されたともいう。人命軽視もまた゛中国式″なのだ。
私が「中国人は変わらない」と痛感したもう1つの例を挙げておく。上海出身で米ハーバード大学に留学し、帰国後はその身についたリベラル感覚が中国共産党政権に耐えられなくなり、中国を出てシンガポールの新聞社の特派員として日本に長く住むことになった友人がいる。いわば゛さすらいの中国人″である。自由の価値を認め、それを守ることの意味を知っていた彼と私は、この日本で友人となったのだが、あるとき彼の一言に私は絶句し、それ以後交際は途絶えた。彼は私が台湾独立運動に関わっていることを知りながら、「台湾が独立するくらいなら中国共産党にくれてやったほうがましだ」と言い放ったのである。
これが中華思想なのだ、と思った。自由や民主主義の価値を知りながら、彼の頭の中には、さらなる上位概念として中華思想があった。それは拭いようもない他者への蔑視と同質のもので、台湾人が中華秩序から離れて生きる自由は一顧だにしないのである。彼らがチベット人やウイグル人などに対しても同様に見ているのは間違いない。これが日本人に対してであっても、その眼差しは変わらないということが、金輪際日本人の想像力のなかにはないように思う。
まことに中華思想は厄介である。それ自体が多くの中国人を不幸にしているのだが、その逆説に気づく中国人はいない。中華思想にNOと言わないかぎり、その不幸は周囲にも及ぶ。隣国間の友好は、対等の上に成り立つ。中華思想とは、中国は世界の中心であり、周辺の国々はそれを取り巻く衛星にすぎないという゛信仰″なのである。それを受容しないかぎり成り立たない「日中友好」に、日本人はいつまで幻想を抱き続けるのだろうか。