内閣の最重要課題として掲げられた教育再生に向けて首相が開催する「教育再生会議」が第3次報告に続いて、最終報告書を提出した。学力や規範意識の低下、公教育の信頼回復、家庭と地域社会の教育力をどう取り戻すかなど、課題は多岐に及び、足かけ467日の議論から生まれた数々の処方箋はこれから実行に移されることになる。そこで今回は会議の中心的立場で議論のとりまとめ役を果たしてきた首相補佐官、山谷えり子参院議員に聞いた。
――お疲れ様でした
山谷 「ありがとうございます。1年4カ月余にわたって教育再生会議が活動を続け、毎日が議論の連続でした」
――教育再生会議に対しては「現場知らず」とか「素人の集まり」といった、心ない批判が終始続きました。せっかくの機会です。思いの丈を聞かせてください
山谷 「教育課題に謙虚に取り組むのは当然ですが、ご批判のなかには『百家争鳴』『現場を知らない』『拙速』といった頭ごなしのものがありました。
実は再生会議をスタートするにあたって中曽根内閣下に発足した臨教審、臨時教育審議会や、小渕、森内閣でできた教育改革国民会議に関する記事に目を通したのですが、やはり『百家争鳴』『現場知らず』『拙速』と同じ批判を受けているのです。私自身もジャーナリズムに身を置いていたので、批判や指摘を生かして前進することが大切と考えますが、教育の議論を重ねる場合、あまりにも実証的なデータやディテールが無視されることが多い。批判のための批判が多い。乱暴な議論が横行しがちで、子供たちのためにもっと心を1つにしなければ申し訳ないと寂しい気持ちにもなりました」
実証性なき再生会議批判
――その辺を少し具体的にお聞かせください
山谷 「その典型的なひとつがゆとり教育ではないでしょうか。『ゆとり教育を拙速に見直すべきではない』という批判がありました。『また詰め込み教育に戻すのか』といった声もありました。しかし、実はゆとり教育は今までもう40年も続けられてきたわけです。ゆとり教育は五年しか実施されていないかのようにいわれる教育学者も未だにいらっしゃいます。それは、今の学習指導要領――学習内容を3割削ったと批判を浴びた――が完全実施され、学校が週休2日となった平成14年から見れば、5年ですが、実は学習内容や授業時数を削る流れはそれ以前から連綿とあったのです。その間、一貫してカリキュラムは軽量化が図られ続けてきました。
また、例えば内閣府の調査では、小学5年生で北海道がわからない子供が半分を超えたといった深刻なデータが厳然とあるわけです。これはゆとり教育の名の下に47都道府県を教えずに、2、3をピックアップして教えるように学習指導要領に定められているからではないでしょうか。それだけではない。中学3年間の英語の必修単語数はかつては507あったのに今は百に減っています。小数第2位以下は教えなくて良いので円周率3.14は3になったとか…誰が見ても明らかにおかしい、子供を持つ親にすれば背筋が寒くなる話が具体的な形で沢山あるわけです。
子供達の現場がこれほどまでに頼りなく学習意欲も基礎学力も低下している。これを目の当たりにして放っておくのは許されない。実証的に見ると拙速でも何でもないのです。にも関わらず拙速という声や『ゆとりか詰め込みか』『また詰め込み教育に戻すのか』といった単純化した乱暴な議論が出てくる。そういう方たちは、どれだけ授業時数が削られてきたのか知らずに議論しているのでしょうか。子供達が緩んで、考える力も生きる力も、個性を育むこともできない実情を知らずに議論しているとしか思えない。仮に1割授業を増やしても、やっと授業時数で世界の真ん中くらいになるくらいなのです。日本の小学生の授業時間は3,872時間。アメリカ、フランス、カナダなどは約5,000時間です」
――現場知らずはどちらですかね
山谷 「教育に携わっている方々が『現場』といった場合、それはその方々のスタンスからある部分の事実だけを見ていたり、それぞれの立ち位置だったりするでしょう。教育再生会議は実態を押さえて議論するように――それこそ現場主義を――心がけたつもりです。実態を見れば『何か改善しなければいけない』ことはあきらかではないかという思いでしたね」
――学力低下の議論の際も、学力観が変わったのだといった議論がありました
山谷 「『そもそも学力とは何か』といった議論もありました。これはこれで大切な議論です。しかし、一方でこうした議論に明け暮れているだけでもダメだと思うのですね。
首相補佐官の就任にあたって、塩川正十郎元財務相から『自分は臨教審を進めた中曽根内閣時代の文相だった。しかし受け取った答申の文書を単純に積み上げたところ、文書の高さだけで、1メートル近くもあって驚いた』と打ち明けられた。
塩川先生は『内閣の最重要課題に教育が掲げられるのは滅多にない』ともおっしゃった。確かに中曽根内閣、森内閣、そして安倍内閣、福田内閣。教育を重要課題に掲げた内閣を遡ると確かに10年に1回の割合なんですね。このチャンスに私たちが1メートルの作文を書いただけで終わらせてはならない。議論だけではダメで実績を残さないといけないと強く思いました」
――実績優先だということですね
山谷 「臨教審の多くの文書は様々な教育課題を洗い出し、議論を蓄積し、政策を作るための深掘り作業で、貴重な取り組みでしたが、今、私たちに与えられた使命は、あの時のものとは違います。教育基本法が改正されました。これは60年ぶりの大改正だったわけです。安倍前首相から仰せつかったのは基礎学力と規範意識を高めて欲しい、教育を受ける機会に地域間格差があってはならないということでした。これらは第1次報告書の大きなテーマでした。
そのためには教育関係の法律の改正を如何に進めるか。それから予算をどのように組み替えるか。教育問題では学校だけが問題視されるけれども、今の教育が抱える問題は学校だけで解決が図れるものではない。社会を巻き込む。社会総がかりでなければならない。その取り組みを実効性あるものにするためには縦割り行政を排して予算を組み替えていかなければいけない」
教育界の病が凝縮されたいじめ自殺
――記憶をたどると、確か発足直後の再生会議に突きつけられたのは北海道滝川市や福岡県筑前町で起こったいじめ自殺でした。予期してなかった事件が起きたことで学力など本来の検討作業が忙殺されたようにも映りましたが、いかがでした 山谷 「とんでもない。むしろ、あの事件で学校や教育行政が抱える深刻な問題に切り込めたのではないかと考えます。実は再生会議の前に私は自民党の過激な性教育やジェンダーフリー教育に関するプロジェクトチームで活動しました。保護者がギョッとするような性教育、ジェンダーフリー教育が問題となっていましたが、実態を文部科学省は十分に把握できない。調査に乗り出しても、学校や教育委員会が調査には消極的です。正確な実態を報告しても、それがとがめられ、伏せられてしまうこともあり、過小評価されていくのです。
私たちは調査を党で独自に行いました。そうして、やっと地方議会や役所は重い腰を上げる。そういう隠蔽体質、事なかれ主義はいじめだけではなく教育界の病なのです。それが一気にクローズアップされ改革の道筋をつけることになりました」
――確かにいじめ自殺がゼロとか警察統計との矛盾が次々出てきて文科省の調査そのものの信頼が地に墜ちてしまいました
山谷 「いじめ自殺が起きた現地に出向いても学校に足を運ぶことすらできない。私も、当時の文部科学政務官もそうだった。
地方分権が教育では叫ばれます。しかし、それは地方行政がきちんと機能することがその大前提です。子供の生命に関わる問題までが事なかれ主義で隠蔽されようとしている。その場合、国が最低限、責任を持たなければいけないということで法改正がなされました」
子供らしい生活を取り戻して欲しい
――学力低下に関してこのたび明らかにされた学習指導要領について補佐官はどうご覧になりますか
山谷 「学習指導要領は教育の中身を定めるものですから非常に大切です。今回の指導要領では先ほど述べた『47都道府県の名称と位置を教える』といったことがやっと盛り込まれました。欲を言えば県庁所在地や主な山、川の名前くらいは覚えて欲しいですが、やっとそこまで軌道修正したわけです。
それから英語の単語数も増えました。基礎的な学力不足をちゃんとしなければいけないとあれだけ声に出したからこそ、実現したわけです。改正教育基本法を踏まえた改定と、国語力が大切ということで、国語は小学1、2年生で昔話や神話、『一寸法師』『金太郎』『因幡の白うさぎ』など、小学3、4年生で日本書紀や万葉集に収められた短歌の暗唱、小学5、6年生で論語などが取りあげられましょう。すでに世田谷区では特区で小学1年生で宮沢賢治の『雨ニモ負ケズ』や論語、道元の歌など教えて、子供たちは目を輝かせて暗唱しています。言葉を使って私たちは深く考え、美しい価値を知り、友情を育て人格をみがきます。国語は大切です。音楽でも、小学校で『うみ』『日のまる』『春がきた』『夕やけ小やけ』『ふじ山』『子もり歌』『ふるさと』など美しい日本の歌が共通教材として24曲入り、中学校でも『荒城の月』『早春賦』など7曲があげられました。うたとおはなしは、ご先祖さまとの記憶の糸です。美しく紡がれ、心を豊かにしてほしいものです。中学では男女共に武道が必修になります。私は合気道をしていますが、道の文化、和の心、礼を知り、身体を知る機会となると思います。和楽器や和装の指導も入りました。教育基本法改正により、教育は充実していくことでしょう。
私は、基礎的な学力は何としても学校で身につけて欲しいと願っています。残念ですが、今の子供達の学力というのは塾によって下支えされている、塾が学力を補完していると言っていい。
しかし、夜の8時、9時まで子供達が小学生3年の時から塾に通うのは酷い光景ではないでしょうか。学校は基礎学力を身につけさせる本来の使命を果たすことに責任をもってほしい。理解の早い遅いはあるから、居残り補習があっても良いでしょう。塾に行かなくても学力は大丈夫、不安はないというところまでやらないといけない。
よく学び、よく遊べです。知、徳、体のバランスが大切です。早い段階で塾漬けにしては、心も体も育ちません。夕食を家族でとることが大切で、おだやかな雰囲気の中で、やんちゃな心ややさしい心を育ててほしいと思います。部活で身体を鍛えるのも大切です。友情やチームワーク、自然の中でいろいろな価値観、情操を培うことにこそ目を向けるべきです。
この時期の子供達が本来の子供らしい生活を早くとり戻せるよう、小中学校の公教育の質を高めてほしいというのは、国民の願いだと思います」
――歪にすればするほど子供はスポイルされると…
山谷 「福沢諭吉が子供は゛獣身″という欲求を満足させることが大事だと言っていますが、たっぷり抱かれたり走り回ったり、つかみ合いしたり、群れ遊ぶことは大事です。
学力テストが43年ぶりに実施されました。私たちは小学生の成績トップだった秋田県にも足を運びましたが地域の伝統文化を大事にしたり3世代同居が多かったり家庭の安定、地域の下支えがあって、さらに早寝早起き朝ご飯、学校の後は部活に精を出すという常識的な暮らしのうえに学力というものが成り立っているのが非常に興味深かった。学力といったものが単に勉強時間の長さから割り出されるものでなく、常識や地域文化、規則正しい生活などといったものと有機的につながっているのは示唆に富んでいます。私のふるさと福井も学力テストは中学でトップ県でした。幕末の志士、橋本左内の15才の時の言葉を今も教えています。『一つ、稚心を去る。一つ、気を振う、一つ、志を立つ、一つ、学に勉む、一つ、交友を択ぶ』小学生時代に私も習い、覚えています。萩の明倫小学校では、吉田松陰の言葉を朗唱しています。『今日よりいで幼心を打ち捨てて人と成りにし道を踏めかし』ふるさとの偉人を灯として、毎朝学び確かめる姿に感動しました。学ぶ姿勢を作ることは尊い人生を作ることにつながります。
学力テストの結果については情報公開が不足しているという批判がありますが、学力テストの結果をうけて各地の学校が自分たちのテスト結果や問題点を見つめ直して、改善計画を作り、保護者に説明し始めているところです。各学校ごとのデータを公表することで様々な問題が生じる――あの学校はダメな学校といった短絡的な見方が広がったり、それこそ風評被害といえるものですが――ことを恐れて、情報公開に消極的な面もありますが、特に生活分野の調査項目などは、もっと積極的に公表してもいいのではないでしょうか。いずれにしても、実態調査が43年ぶりに行われた意義は大きいと考えます」
巨艦のような教育行政
――ただひとつ残念なのは、学習指導要領が学校現場に達成目標を課す、到達目標型にならなかったことでしょうか
山谷 「それは、今回は十分には出来ませんでしたね。
教育は、基本法があって、大きな法体系があり、現場である学校、教室にいたるまで連なる、船に喩えれば巨艦のようなものです。モーターボートのように機敏に舵を切れるものではない。どの学校にもここまでやって欲しいというラインを課す達成目標型の指導要領にする意義は大きいと思います。
学習指導要領について教育再生会議は随時見直すことを提言しました。従ってその問題については次のステップで議論されていくのではないかと考えます。
総合学習について教育再生会議は否定しているわけではありません。むしろ総合学習を土曜日に充実して行うなど、それこそ地方分権なのですから、地方の教育委員会が決断してどんどんやっていただければいいと思います。
今までは地域の教育力という言葉を叫んでも、実際には場所もお金もあまり用意されていませんでしたが、そこも重点政策として充実させたいと考えます。たとえば『放課後子供プラン』です。放課後子供プランは今全国で6,000校でスタートし、平成20年4月からは1万5000校、21年からは全公立小学校2万3000校に導入されていきます。地域の人が参加して、この場を使って子供たちとさまざまな活動をしていただけたらと思います。手芸や釣りや論語を教えるのもよし、読み聞かせや補習もよし。地域の教育施設、専門学校などが、いろいろ教えてくださってもよし。ふるさと、地域の再生と教育再生はコインの裏と表です。私も地元の公立小学校のPTA会長の時、活動に取り組み、その良さを実感しています。各学校に年間440万円の予算を交付税で措置されているので、やりたいと思えば、土曜寺子屋なども可能ですし、地方の判断で自由に活動し、愛を育てていただけたらと願います。
20年の予算では杉並区でやっているような学校を支援する『学校支援地域本部』を全国1,800カ所作るように準備が進んでいます。
これも5年計画で全国の全中学に1カ所ずつ設置できたらと考えています。杉並区の和田中のようなやり方が全国で可能になるわけです。夜間塾ばかりが注目を集めましたが、農作業や自然体験、音楽活動などいろんなことを和田中の地域本部というのは果敢にやっている。子供たちに地域の良さと役に立つ喜びを知ってほしいと願います」
――先ほども触れましたが地方分権についてはいろいろな思いがありそうですね
山谷 「実は地方が決断さえすれば出来ることはたくさんあるのです。例えば、学校が書籍を買う場合、図書費が、年間44万円予算措置されている。ところがこれは交付税で措置されるため、地方の判断で別の使途に使われることが多いのです。地域にどのくらいの教育格差があるか。幾つかの指標を都道府県別に調べて、地図として答申に載せたのです。例えば、書籍ならば、山梨県と東京都が年間67万でトップ。国としては年間44万円の措置なのに子供達の書籍に地方が独自にプラスして67万円使っている。一方、全国最低は青森県の17万8000円。子供のミルク代として配られたはずの国のお金が親の酒代や借金返済に充てられているといった構造があるんです。
口ではどの都道府県も『教育が大事だ』といいながら、実際には全国で格差がある。こうした実態をマスコミは取り上げない。地方議会でこうした問題を取り上げ、追及している議員も少ないのです」
萎縮した生徒指導にも風穴
――それから教育再生会議では生徒指導にも切り込みました
山谷 「指導することを躊躇してはいけないと学習指導要領に反映させた意義は大きかったと思います。生徒指導については現場に萎縮がみられます。強く指導して、軋轢を招くより、当たり障りのない対処をしたほうが無難だと流れがちです。
これは終戦後まもないころに出された懲戒権の限界という通知が今も現場を縛っていることにも一因がありましょう。学校教育法では体罰が禁止されています。しかし一方で教師には児童生徒に懲戒を与えることは認められている。指導上の必要性から教室でのどこまでを懲戒というか。通知はそれを定めたものなのです。通知の根底には子供の学習権を奪うことは許されないという考えが宿っている。これは子供に教育を受けさせることは国民の義務にしている憲法の規定に由来するものでこれはこれで重いものですが、例えば遅刻をしてきた生徒、校則を破った生徒を廊下に立たせておくことは授業を聞くことができないとして、許されない。そこで授業中、バタバタと出入りを繰り返して他の生徒に迷惑をかけても現場の指導は十分出来ません。学級崩壊の正常化、指導がしにくいという現場の声がありました。教育再生会議が見直しを提言し、授業中に携帯電話をしている生徒がいれば取りあげて預かってもいいなど、60年ぶりに見直されました。携帯電話に関しては、さらに有害情報を通さないフィルタリングを義務化すべきとも提言し、立法化も求めました。しかし、これはまだまだ、実現まで課題があります」
――有害情報については青少年の健全育成という観点からも課題ですね
山谷 「我が国には青少年を健全に育成する基本法がないのです。携帯電話が普及したことで子供達は大人の知らないところでダイレクトに有害情報に接しています。親のアンケートなどを見ると『子供を信じている』という答えが驚くほど多いのですが、私は甘いと考えています」
残念だった道徳教育の教科化見送り
――徳育の教科化については
山谷 「教育再生会議は『教科化』を提言しました。しかし、中教審の議論では、教科化の是非について両論併記という形で留まり今回の学習指導要領も教科化はされませんでした」
――なぜですか
山谷 「教科といった場合、専任の教員がいるとか、検定教科書が必要とか、評価をどうするかなどの問題があるとされますが、教育再生会議では新たな教科として、そうした問題はクリアできると考えています。家庭教育力の低下や社会環境の悪化もあり、学校で良い価値観を教えなければ、正直、親切、勤勉、チャレンジ精神、親孝行などの良き価値を知らぬまま一生送ってしまう子供も増えていくでしょう。偉人伝、古典、物語、芸術、文化などを活用して感動を与える多様な教科書、教材ができてほしいものです。大切なのは道徳指導の充実を図ることで、渡海紀三朗文部科学相もその点は異論がないわけで、教育基本法で策定を進めている教育基本振興計画のなかでそのための道徳教材を作ろうという動きがあるようです。道徳教育推進教師を各校に配置し、将来、教科化するかどうか省内に研究会を設けると聞いています。また乳幼児期からの発達段階に応じた道徳教育の方法についても脳科学者や心理学者などを集めて検討開始と聞いています」
――再生会議の成果と言えるものは
山谷 「円滑な学校運営につながる問題で言えば、主幹教諭、副校長の導入などがありますね。学校の責任は校長が負うのですが、職員会議で物事を決めたり、校長がリーダーシップを発揮しようとしても、イデオロギーが学校に持ち込まれて校長が突き上げられ自殺されたり、校長の権限が骨抜きにされることもしばしばでした。教師集団が一丸になることが阻まれていたのです。
主任教諭という職場のとりまとめ役にあたる教師に主任手当が支給されていましたが、これは教職員組合の反対で、主任手当を組合活動に使うといった実態もありました。導入される主幹、副校長といった新たな制度は今までと違って校長をサポートする管理職として位置づけられています。学校が活発に、そして機敏に動く組織になるために重要な一歩と考えています。
生徒や保護者にとって不安の種と言える指導力不足教員の問題でも一定の前進がありました。
指導力不足教員というのは公教育の信頼を貶める深刻な問題であるにもかかわらず、解決に向けて一向に前に進まない実態がありました。
なぜか。国は指導力不足教員のガイドラインを都道府県教育委員会で決めなさいとしていたのですが、都道府県は十分に動けなかったのです。今回、文科省が2月13日にガイドラインを示しました。都道府県教育委員会はそれを踏まえて指導力不足教員をきちんと認定していけるよう前進です」
――適切な学校運営につながればいいですね
山谷 「教育再生会議の提言は現場を踏まえてどれも具体的なものが多いのですが、それ以外にも成果はいろいろです。
たとえば大学の9月入学についても大幅に弾力化しました。体験学習や多様な体験を応援するために学校教育法施行規則を改正し、4月入学から9月入学枠の大幅促進が出来るようにしました。大学が自分たちの判断でやりたいと思った場合の障壁を取り除いたのです。しかし、大学改革は難しい。大学や高校については、やらなければならないことがまだまだ沢山あります。
また、6・6・3・4制の見直しも議論しました。この先、30年、50年先もこのままでいいのか。各地でいろいろな試みがすでに実施中です。一律に変えていくのか、地方の自由にまかせるのか。どんな問題があるかの議論です。品川区の公立小中一貫校を見学しました。ああいう学校を自治体が作りたいと思った場合、カリキュラムや先生、校長の問題など、法律上、指導上クリアしなければいけない問題がまだあります。自治体がやりたいと考えた場合、やりやすくなるよう法改正の提言をしています。
食育についても大きく見直しました。学校給食の目的と理念を変える必要があるのではないか。食事というのは『食べる』のではなく本来は『いただく』ものです。いただくというのは命をいただくという意味があって、お天道さまの力、自然の力、伝統文化がそこに宿っている。単純に栄養素をバランス良く摂ろうというのが食育だとしたらそれは不十分で、情操的な要素、伝統文化に配慮して子供達に行事食や郷土食、地産地消の姿を伝えたいのです」
――意外に知られていませんが、意義ある改革は多いですね
山谷 「子供達のために1歩でも先に進めることが大人の義務であり、その意味では再生会議の果たした成果は様々なものがあると思っています」
――この教育再生会議は安倍政権の肝いりで発足しました。それが安倍政権があのような形で福田政権に代わり、教育再生会議の位置づけそのものが変わったのではないかと感じる国民は多かったと思います。
山谷 「再生会議は第3次報告と最終報告書を出して区切りをつけましたが、これで終わりではありません。
検証が必要です。基礎学力についてもこれから改善計画が出され、学校や地域自ら教育の点検改善が図られていきますので。支援しなければなりません。また放課後子供プランや『学校支援地域本部』を全国に展開していく中で学校と地域社会の連携がなされ、ボランティア活動の活発化も進めませんと。これは学校と地域の絆を大きく変える可能性を秘めていると思うのです。
福田総理は教育再生は重要課題できちんとフォローアップしなければいけないとお考えですし、新たな問題に対してもさらに議論を続けて欲しい、深掘りしてほしいとお考えです。
教育基本法が改正され、骨太の方針にも教育関係政策が大きく盛り込まれました。再生会議の第2次報告の大半はそこに盛り込まれ、既に閣議決定されている。施策を実現させるために予算を編成し、今後、教育振興基本計画5カ年を着実に進めていくのが福田政権の重要な仕事です。基礎学力を向上させることや、規範意識を高めること、地域の教育力を上げていくことが重要だという方針は変わらない。
例えば報告書では小中学校で1週間の自然体験、社会体験、高校生で奉仕活動を導入するよう求めています。これは文部科学省だけでなく、環境、農水、総務、経済産業など様々な省庁の協力を求めて進めていかなければなりません。現在審議中の予算も省庁横断的になっています。
新聞報道ではさかんに『教育再生会議vs中央教育審議会』という構図が描かれましたが、そうではありません。内閣の最重要課題として教育が掲げられ、官邸に再生会議が置かれたことで予算上も総合的で重点的な組み替えができました。
50回の会議と全国26カ所の委員会視察、38回のヒアリング、さらにそれを踏まえた議論を続け、教育再生会議は教育改革のエンジンになったと思います。しかし、これでおしまいではない。教育再生の灯を消してはいけないのです。子供たちのために゛思い切なれば必ず遂ぐる″の思いで、社会総がかりで、教育再生、日本再生を皆様と一緒になしとげていきたいと思います。
今までの教育改革国民会議も臨教審もフォローアップする機関がなかった。今回、私たちは問題提起を具体的な提言としてたくさんしています。現場にそれが着実に届くかどうか。予算措置がきちんと続けられるかどうかを議論し、応援していく組織が必要です。福田総理は、最終報告をうけて実行と検証のため、新たに教育再生のための会議を内閣に設置したいと述べられました」
(聞き手 本誌・安藤慶太)