月刊正論:4月号から  
-------------------------------------------------------------------
産経新聞社「月刊正論」からEISへの提供コラムです。
-------------------------------------------------------------------
   そんなに弱いか! 日本経済「負け犬」論を排す

   世界経済の潮目を日本経済新聞は読めないのか
 日本は自らのポテンシャルを信じ、今こそ積極策に打って出るべきだ
(P48〜57) 
 
産経新聞特別記者●たむら・ひでお 田村秀男 


 

 内外メディアは悲観論の大合唱

 2007年8月の米国のサブプライム(低所得者向け高金利型住宅ローン)危機以来、メディアがまき散らす日本経済凋落論はお粗末である。実際にはこの危機をきっかけに世界経済の潮目が変わりだした。日本にとってはグローバル経済での主体性を回復し、強さを存分に発揮する好機が到来した。だが、メディア、特に代表的な経済メディアの視野には悲観論しか入らない。

「外国人投資家は日本市場をあきらめている」(1月17日付のウォールストリート・ジャーナル紙)。日本経済に関する報道は内外ともにまるで悲観論の万華鏡である。海外メディアは国内メディアに倣って悲観論を競い、それがさらに国内メディアに再反射する。欧米メディアは悲観の根拠について、「日本企業はかつてのようなヒット商品を生み出せない」(筆者見解=実際にはデジカメのように次々に新作が生まれている)、「少子高齢化の影響が出始めた」(同=日本だけの現象ではない)、「改革が逆戻りしている」(同=一部はその通りだが、後で述べるように欧米の年金基金はそう見ない)、「日本の経営者は欧米に比べ株主に対し鈍感だ」(同=欧米の経営者は自身の超高額報酬に熱心だ)などと挙げる。「技術革新で世界をリードする企業はソニーから米アップルに代わった。ipodなどは既存の部品を革新的に組み合わせて生まれた」(昨年末のニューズウィーク誌)などは噴飯ものである。ソニーは外注部品組み合わせの元祖。圧倒的な競争力を持つ日本のデジカメ業界は自社製部品技術で欧米、韓国、台湾勢を寄せ付けない。ところが、これらを読んだ国内経済紙の記者が「それみたことか」とばかりさらに悲観論を書き連ね、およそ反論する気配がない。

 目には見えない無限の電脳空間での情報のやりとりで成り立つ現代のグローバル経済では、メディアの比重がかつてなく大きい。情報技術(IT)とネットワークにより、モノ、カネ、さらにヒトの行動がことごとくデジタル情報になって動き回るのはよいとしても、ナマの情報は人々の「予測」や「期待」により変形する。しょせんはヒトの所業である。言い換えると、電脳空間とはとてつもないサイズのジプシー占いの水晶玉のようなものである。始末が悪いことに人々はそこに映し出された経済活動を現実と錯覚し、モノや資産の価格が決まる。確かな根拠もないのに消費者や投資家は熱狂する。株式や不動産価格が上昇すれば「バブル」となる。潰えると人々は実情をよく検証せずにただ悲観し、パニックに陥る。

 老子曰く、「天網恢々疎にして漏らさず」(天が張り巡らせた網の目は粗いが、悪事を見逃さない)。そこに現代メディアの役割と価値がある。つまり鏡面の歪みを正した情報を提供するのが、メディア、特に経済メディアなのだが、極めて不本意なことに、歪んだ情報をさらに拡大、誇張してしまうメディアが多い。読者や視聴者の錯覚や思い込みにつけ込むほうが売れるからである。株価が上昇基調にあればもっと上がると書き、下落が続くと一転して弱気な紙面をつくる日本経済新聞をはじめ大手経済紙。それに追随する一般紙。何たる無定見と怠慢か。

 繰り返す。世界経済の潮目がざわめき立っている。

ところを変えた勝ち組と負け組

 このほど閉幕した世界経済フォーラム(WEF)の年次総会(ダボス会議、スイス)。主催者が有力エコノミストや政策当局者にアンケート調査したところ、81%が「金融市場を動かす実力者は国家投資ファンド」と答えた。国家ファンドは米金融筋の推定で2兆5000億ドルの資金を動員し、その規模はヘッジファンドをしのぐ。ヘッジファンドを代表するG・ソロス氏は会議で「ドルの時代は終わりを告げている」と断じた。

 長年、「勝ち組」としてダボス会議に君臨してきた米国の代表は茫然(ぼうぜん)自失、弱気に終始した。米著名エコノミストのルービニ氏は今年のダボス会議について「米国が不況に陥るか否かではなく、不況がどれほど厳しいのかを話し合う場だ」と呼び掛けた。米証券大手首脳は「米国の住宅価格下落に加えエネルギー高も響き、消費者の自己破産の増大や失業率の上昇が見込まれる」と言い、国際通貨基金(IMF)のストロスカーン専務理事は世界的規模での財政出動の必要性を説き、「途上国に緊縮財政を求めてきたIMFが財政出動を勧めるまで深刻」とサマーズ米元財務長官は絶句した。

 ダボスでは実のところ、悲観論一色ではなかった。「インドは内需への依存度が高く、米経済への悪影響を避けるのは可能だ」(インドのカマル・ナート商工相)、「外需が減っても、中国はなお約9%の成長は実現できる」(中国の余永定社会科学院世界経済研究所所長)と新興国側は動じない。

 ソニーのストリンガー会長は「ダボスは災厄のにおいが充満している」と悲観の行き過ぎを批判。日本企業の経営首脳の多くはダボスにいなくてもストリンガー氏に同調しただろう。

 松下電器産業がグローバル・ブランド、「パナソニック」に社名変更を決めたのは新興国市場を強く意識したためだ。日本企業の多くは、燃費効率のよい自動車はもとより、鉄鋼など「重厚長大」も家電も、環境技術や省エネ・クリーン技術で高水準を誇る。

 アフリカを含む産油国には価値の上がったエネルギー・鉱物資源が、中国、インド、ブラジルなど新興国には豊かになろうと希望に燃えて働く膨大な人口資源が、それぞれある。環境投資のゆとりも生まれた。新興国は米消費者に製品を売り、その代金は米国債でもらうという、これまでの成長パターンを変え、自国内のインフラ整備、環境、教育に振り向ける好機である。

 日本はどうか。07年に日本の対中輸出は米国向けを上回り、中国の最大の輸出先はEU(欧州共同体)である。モノはすでに米国離れしていたのに、日本の余剰資金はヘッジファンドを通じて米国に回っていた。モノとカネのズレが修正され、カネが国内製造業に流れるようになれば日本経済は活性化するはずである。

それでもカネは米国に流れる

 悲観論は簡単には消え去らない。モノ、カネとも世界の中心が米国というのがこれまでのグローバル経済システムであり、機能しなくなっても、それに代わるシステムがただちに成立するわけではないのも事実だからだ。

「過去六年間、米消費者は住宅値上がり益を担保に年間8500億〜9000億ドル借金し。その大半が消費に回った」(米コロンビア大学のスティグリッツ教授)。国内生産から得られる収入を超えて消費するので、輸入は急増、海外からの借金も膨らむ。米国の貿易赤字は2005年以来、年間8000億ドル以上、住宅価格値上がりによる消費増がそっくりそのまま、米対外赤字になった計算になる。中国は対米輸出の波に乗り、生産増。投資ブームに湧き、2けた成長を続けてきた。米国の消費ブームが呼び水となって東アジアの域内貿易も拡大し、日本、韓国、東南アジア諸国も恩恵に浴してきた。

 それだけではない。ニューヨークには「米国の繁栄」を見込んだ世界の余剰資金が集まる。年間2兆ドル前後のカネが流入し、貿易赤字を穴埋めした残りの多くは米金融機関や投資ファンドが新興国、日欧の証券市場に投じてきた。特に新興国株式市場はブームになった。日本は超低金利の余剰円資金を米ヘッジファンドに流す形で胴元に協力、ファンドはその円をたたき売って新興国株式で運用すればぼろもうけになる。

 2007年8月のサブプライム危機勃発は、まず胴元を直撃し、米金融機関はただちに資金回収に奔走した。7月から9月の3カ月間で米国は3700億ドルの資本を回収するなどで手当てしたが、この傾向はその後現在に至るまで続いている。東京証券取引所の株価がまずニューヨーク株式以上に急落し、さらに今年に入って上海、香港、ニューデリーなど新興国市場が急落している主因である。

 冷静に見ると、ソロス氏が言うほどドルの凋落が進んでいるわけではない。サブプライム危機は1987年10月のニューヨーク株式大暴落(「暗黒の月曜日」)を連想させたが、20年前は「ドル暴落」の危機が最大の背景だった。当時のドル暴落不安とは、株式も米国債もパニック売りにさらされ、ドルが底なしの下落に陥ることである。今回は違う。米国株は急落してもカネは米国債に流れている。さらに石油先物、金(きん)に投機資金が流れ込んだ。この結果ドル暴落危機は遠のき、米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げなどドル安につながる政策を打ち出すゆとりが生まれている。

カナリアの悲哀、ハゲタカの嘲笑

 対照的に、悲観主義が蔓延する日本の株式市場は、「炭坑のカナリア」にたとえられることがある。炭坑には時折、メタンなど有毒な爆発性のガスが充満し、悲惨な事故につながる。先頭の鉱員は、ガスに敏感なカナリアを鳥篭に入れて危険を察知する。昨年8月の米低所得者向け高金利型(サブプライム)住宅ローンの焦げ付きに端を発した米国発の国際金融市場不安の中で、日本株が真っ先に売られて急落するという世界株式の「先行指標」になっている。

「カナリア」の日本に比べて、米国の株式市場は株価が急落すれば、ただちに「ハゲタカ」が舞う。株価が割安とみれば、投資ファンドやライバル企業が株式の公開買い付け(TOB)を宣言して、特定の企業の株を買い漁る。M&A(企業合併・買収)により、不採算部門を処分し、収益性の高い事業部門だけを統合して、株価を釣り上げ、それを売却して巨額の売却益を得る。ひよわな日本の株式市場では企業が投資ファンドなどによるM&A攻勢におびえ、企業間の株式持ち合いなど「乗っ取り」防衛策に経営者が神経をとがらせる。東京証券市場はニューヨークに次ぐ規模だというのに、カナリアがからだを寄せ合い、ハゲタカの急襲から身を守るという構図はちょっと情けないが、経済メディアはそれが外資を遠ざけ株式市場の停滞を招くと批判する。実際に欧米の年金ファンドのマネジャーに聞いてみると、「保護主義はどこにもある。買収防衛策は安全保障に名を借りた米議会や、排外主義の欧州のほうが、日本よりひどい」。

 外資におもねるだけでは、真相が見えなくなる。GM(ゼネラル・モーターズ)を抜いて世界一の自動車メーカーになったトヨタ自動車をはじめ、家電、情報技術(IT)も鉄鋼も日本には高度な技術と品質、競争力を誇る企業が多い。それらがカナリアにされてしまったことに、真の問題がある。

 では、なぜ日本企業は「炭坑のカナリア」になってしまったのか。

 一口で言うと、日本はニューヨークを中心とするドル基軸のグローバル資本主義に組み込まれてしまい、身動きがとれなくなったからである。

円高株安のからくり

 グラフを見てみよう(本誌掲載)。日米短期金利差と東京証券取引所1部上場の加重平均株価と円の対ドル相場の推移である。日銀は1990年代後半から日本は超低金利、2001年後半から06年4月まではゼロ金利政策をとってきた。米国は2000年のインターネット株バブル崩壊を受けて利下げに転じ、01年9月の米中枢同時テロ後大幅利下げに踏み切り、04年前半まで超低金利政策を続けた。日米の短期金利差は、こうした日米の金利政策を反映している。

 グラフを見れば一目瞭然、日米金利差と日本の株価は連動している。日本の株価は日本国内の要因とはほぼ無関係に日米金利の幅が広がれば上昇し、金利差が縮小すれば下落することが読み取れる。サブプライム危機後の株価も同じである。逆に金利差が開けば、株価は上昇する。一方円相場は金利差が広がれば円安に振れ、縮小すれば円高に振れる。円高になれば輸出や海外生産に頼る日本企業の収益減になり日本株は売られ、逆に円安は収益増につながるので買われる。

 また、金利差縮小は米国が利下げに転じるときで、米景気に不安があり、そこに合わせて日本株が売られる。金利差拡大は米国の利上げのときで、米景気が過熱気味で日本株が買われる。

 カナリア使いは東証の売買シェアの6〜7割を占める外国人投資家である。米国の投資ファンドなど外国人投資家は米国株との一定比率で日本株を持ち、さらに円高になれば売るという売買プログラムをコンピューターに組み込んでおり、瞬時の判断で日本株を売買する。これらの元手は、日本の銀行の余剰資金で、超低金利の円資金を調達してはたたき売って円安にし、それをみた他の外国人投資家が日本株を買う。円高になりそうだと、日本から借りた円を返済するために円を買うので円高が加速する。外国人投資家は日本株を売って円に換金して返済する。

 ニューヨークがなぜ日本株をここまで支配できるかというと、要するに世界の余剰資金が米国に集まってきたからで、まるで宇宙のブラックホールのような巨大な吸引力は、サブプライムに象徴される米国の住宅バブルにあった。今回はバブル崩壊とともにこのブラックホールのパワーがかなり減衰した。

 日本としての教訓はここではっきりしよう。ウォール街の鳥篭から自らの意思で飛び立ち自由に大空を飛べばよい。そのためには、米国との金利差に左右されない市場構造に東証を改革することは言うまでもない。後を立たない会計不祥事、決算発表の延期、反社会勢力に取り込まれた上場企業など、間を置かずに改革しないと、国内の投資家の足が遠のき、代わりに投機的売買の投資家や短期売買の外国人投資家が横行する。

 ここで、気を付けなければいけないのは、短絡的な米国没落論である。

 実際の経済というものは、「市場原理」だけで動くわけではない。ときには政治というものが決め手になる。特に世界唯一の軍事力米国の底力は市場変動を圧倒するパワーを発揮する。それを典型的に示しているのが、アラブ産油国による米金融機関の救済増資引き受け劇である。このドラマは、米軍による重大な政治・軍事と同時並行して展開されている。

産油国を震え上がらせる米の逆鱗

 ドラマは、2007年8月の米サブプライムローン危機の勃発(ぼっぱつ)を機に始まった。米金融市場は揺れ、ドルが急落した。ドル安は産油国の石油収入を実質的に減らし、ドル建てで決済される原油価格がいくら上昇しても、ドルが暴落すれば意味がない。さらに通貨バスケット制をとっているクウェートを除き、サウジアラビアをはじめとするアラブ産油国は米ドルに自国通貨を連動させるペッグ制をとっている。ドル安が進行すれば、自国通貨もユーロなどドル以外の通貨に対し下落するので、各国はインフレに悩まされている。各国内ではドル・ペッグ制を見直す機運が高まっていた。

 11月19日にはリヤドで石油輸出国機構(OPEC首脳会議)が開かれ、すでに原油のドル決済をユーロ建て(日本向けには円建て)に切り替えたイラン代表が、各国に追随を呼びかけた。ところが翌日に、アラブ産油国はこぞって現行制度の維持を申し合わせた。

 そのちょうど2日前には、クウェートから衝撃的なニュースが流れてきていた。米国務省で中東問題のアドバイザーであるジョシュア・ムラブチク氏(アメリカンエンタープライズ研究所研究員)が講演し、08年前半にも米軍がイランの先制攻撃に踏み切ると警告、その前には米第5艦隊がペルシャ湾でイラン攻撃を想定した演習を5日間にわたって展開していた。

 米・イラン戦争は湾岸のアラブ諸国にとって致命的な打撃になりかねない。ホルムズ海峡は封鎖され、サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦(UAE)など投資ブームにわく諸国は「米国との同盟関係」を理由にイランから報復攻撃を受ける恐れがある。UAEには40万人のイラン人が住み着いている。サウジアラビアでも反米ナショナリズムの底流が根強いことはアルカーイダのウサマ・ビンラーディンが示す通りだ。

 ドルこそは米国の国益を支える。ドルが世界の基軸通貨になれるのも、世界の最主力商品である石油がドル建てであることが根拠になっている。イラクのサダム・フセインが攻撃されたのは、石油をユーロ決済に転換したためとの見方は産油国の間でも知られている。アラブ産油国がイランに同調してドル離れに踏み切れば、米国の逆鱗に触れよう。

 アラブはさらにドルを支える。UAEの国家投資ファンドはリヤド会議の1週間後、サブプライム焦げ付きで苦境に陥った米銀最大手のシティグループの救済増資に初めて応じた。

 イラン情勢はその直後、意外な展開を見せる。米政府は「イランは核兵器開発計画を中止した」との情報機関の報告を公表、アラブ産油国を安堵させた。

 すると、アラブに再び「ドル離れ」を促す議論が再浮上した。11月末、アラブ通貨基金(AMF)幹部は、湾岸諸国に対し、対ドル・ペッグ制を改め、為替相場を管理変動制か、もしくはドルやユーロ、円など主要通貨をミックスした「通貨バスケット」ペッグ制の、いずれかの仕組みに改めるよう勧告した。同幹部は、「対ドル・ペッグ制を続ける限り、湾岸諸国の経済に脅威をもたらしているインフレと戦えない。各国通貨の対ドル切り上げをしても、ドル・ペッグ制に変わりはなく、湾岸諸国の国益にはならず、直面している問題解決にはつながらない」とし、湾岸のアラブ諸国に対し、下落するドルへの自国通貨のペッグ制を廃止するよう要請した。

 この勧告の直後の12月初旬。米軍艦とイラン革命防衛隊の艦船が一触即発となる事件が頻発。緊迫した雰囲気の中で、サウジアラビアの富豪やクウェートの国家投資ファンドなどがシティグループの追加救済増資に応じた。

 サウジアラビアのアブドラ国王はシティ救済発表と同じ頃、リヤドでブッシュ大統領に「米情報機関がイランは核兵器開発を中止したと公表したのに何が脅威なのか」と不満をぶつけたが、泣き言も同然。米、サウジ両国はサウジ国内の反米世論の高まりを懸念して米軍基地を周辺国に移転したが、緊急時に頼りになるのはやはり米軍であり、米国の逆鱗に触れるわけにはいかないからだ。

 米国が「イラン攻撃」をちらつかせるだけで、アラブ産油国はドルに忠誠を誓う。米国は「イラン」カードをちらつかせるだけでよい。世界無二の軍事力を持つ米国だからこそ基軸通貨国の座は守られることを、ワシントンは熟知している。

米を翻弄するアラブ・中国コネクション

 それでも時々刻々潮目は変わる。世界の余剰マネーを吸い込む米国のブラックホールにほころびが出た以上、国際金融パワーは米国一極支配から多様化に向かうからだ。

 ロンドンの国際金融アナリスト、A・シムキン氏によれば、07年の外貨準備増加額は中国4300億ドル、ペルシャ湾岸諸国1250億ドル、インド900億ドル。米国の経常収支赤字は年間9300億ドルであり、中国とアラブのカネがなければ米金融が回らなくなる。

 注目すべきは、新興国や産油国の国家投資ファンドの動向である。そこではもうひとつのドラマが演じられている。「アラブ・中国コネクション」である。

 筆者はこの1月初旬、中国・マカオ特別行政区を訪ねた。12月開業の豪華カジノ・ホテル「MGMミラージュ」を加え、米カジノ資本大手が出そろい、名実ともにラスベガスをしのぐ世界一のギャンブル不夜城になった。

 1月初旬、ミラージュはアラブ首長国連邦(UAE)ドバイから賓客を迎えた。ドバイの国家投資会社「ドバイワールド」の幹部である。同幹部は、中国本土から人民元の札束トランクを抱えてくる大口賭博客で特別カジノ場(通称VIPルーム)が埋め尽くされているのを見届け、MGMミラージュ株の大幅買い増しを発表した。

 米カジノ資本は地元のカジノ王、スタンレー・ホー氏と競い合うが、水面下では通じ合う。ホー氏2番目の夫人との間にできた長女が経営する胴元会社がパートナーとなってミラージュのVIPルームに客を紹介する。密室のVIPルームこそカジノの主力収益源である。ドバイワールドはマカオのMGMミラージュを足がかりにしてホー氏の中国人脈を活用し、対米一辺倒だった投資の分散対象として中国市場をうかがう。

 中東と中国を結び付ける仲人役は米金融資本である。もうひとつのドバイの国家投資ファンド、「ドバイ・インターナショナル・キャピタル」はニューヨークの投資コンサルタント「ブラックストーン」の支配下にある欧州のテーマパーク会社に20%出資。中国の国家投資ファンド「中国投資公司」は昨年五月そのブラックストーンに三十億ドル出資して大株主になった。やはりウォール街の大手アドバイザー「ラザード」社も中国国家ファンドを指南し、アラブに橋渡しする。

 米財務省統計によると、ロンドンなど第3国を経由しない2国間直接の中国の対米純証券投資は07年中の11カ月間で1296億ドル、わずか40億ドルの日本を圧倒した。1980年代後半に絶頂期だった日本の機関投資家の米証券買いは大蔵省(現財務省)からの指導で、目的はドル暴落阻止、利回りは二の次だった。が、今や中国もアラブもともに、利にさとく、冷徹。金繰りに窮した企業を助ける「エンゼル(天使)」投資家どころではない。

 アブダビ投資庁(ADIA)は米銀最大手シティグループの75億ドルの増資を引き受けたが、経営に影響力を持たない代わりに年11%の高配当を約束させた。12月には中国投資公司が米大手証券のモルガン・スタンレーに50億ドル出資したが、これも高利回り条件付きである。シティの場合、1月中旬には中国の国家開発銀行が20億ドル追加増資に応じる交渉を進めたが、利回りは年7%程度。北京は土壇場で拒否し、シティを慌てさせた。高配当を捻出するため、米金融界は人員整理を含むリストラの嵐に突入した。

日本は各国の反中国感情につけ込め

 カンボジアに行けば「新華僑」と言うべきか、中国本土からの企業とヒトが急増している。かつて、日本は巨額の円借款でインドネシアなど東南アジアの経済開発に貢献し、円借款を呼び水にして日本企業が進出した。この旧日本方式を中国が模倣しているが、中国式はヒトも連れてくる。

 カンボジアは中国人が事前にビザの取得を必要としないで入国が可能な数少ない国だ。北京は道路、橋と援助借款攻勢を繰り広げ、上海とプノンペンには直航便が行き交い、本土からの観光客も増える一方だ。中国企業は低価格の繊維・雑貨が主体で、カンボジア人を余り雇用せず管理者級を中心に本土から送り込む。

 中国企業や中国人のオーバープレゼンスは地元民ばかりでなく、カンボジアの人権状況を監視している欧米の人権団体やNGOの反発を引き起こしている。英国の有力NGOが、カンボジア国軍、警察などが森林の違法伐採に関与し、その収益がフン・セン首相の警備隊に流れているとする報告書を出したところ、フン・セン政権は報告書の発禁・回収を命じた。中国企業はこうしたカンボジアの人権無視に乗じて同国に進出、したい放題で、北京は援助のカネでこれら企業をバックアップしている。

 中国海南島に本拠を持つ製紙大手の国有企業「五指山集団有限公司」は中国の政治的影響力に乗じて、カンボジアの少数民族の土地での森林伐採権を獲得、少数民族の抵抗を受けている。粗っぽく、非文明的な中国企業の進出方法は、中国本土で頻発している政治利権と結びついた公害企業による無法行為と環境破壊そっくりである。つまり、中国国内での開発モデルを中国はそっくり外に輸出しようとしている。

 対カンボジア第1の援助国日本からは進出企業は少なく、中国系企業に比べて影が薄い。だからといって、「カンボジアが中国に乗っ取られる」と慌てる必要はない。日本がカンボジアのインフラを整備し、民生を安定させるプログラムを着実に実行していけば、政治、経済的に日本の利益にもなるし、親日的なカンボジア国民はますます日本との絆を求めるようになるだろう。

 カネと人海で進出していく粗野な「中華帝国主義」は時代遅れもはなはだしい。例えばスーダンなど産油国にも中国はヒトとカネを送り込んでいる。アンゴラの場合、中国が石油輸入の主力で、中国の援助でインフラ整備が進むが、中国は中国人労働者も大量に連れてくる。この結果、自国民の雇用創出、技術移転がなく、アンゴラ政府は中国が請け負った製油所計画を白紙撤回するなど、国内の反中感情も高まっている。昨年4月には中国企業の油田が反政府ゲリラに襲撃され、中国人作業者九人が誘拐された。中央アジアでは、いったん中国の石油資本が買収したカザフスタン石油会社について、その33%をカザフスタンの国有石油会社に売却させられた。

日本が勝ち組になるために

 資源を武器に立ち上がる新興国は、士気も高い。筆者はJICA(国際協力機構)の東京の研修センターでアフリカ、中近東などからの研修生に開発問題で講義したことがあるが、これら若手のエリート達の能力と勤勉さに感動させられた。彼らは資源に頼り過ぎた過去の失敗を繰り返さないよう、汚職腐敗の追放に努め、農業の破壊を防ぎ、製造業の振興に努めている。このため資源輸出収入を効率的に配分し、教育、訓練制度を整備し、産業の多角化政策を展開している。言わば、日本の明治維新あるいは戦後の復興をモデルにしている。そこにチャイナ・マネーやチャイニーズが入っていても構わない。日本は計画やアイデアなどソフトウエアを提供し、人脈ネットを築けば日本企業や商社のビジネス環境が改善しよう。

 産油国の国家投資ファンドも、配当収益獲得の他に国家建設という目的がある。サウジアラビア総合投資院の投資アドバイザー、田中保春氏は、アラブ首長国連邦の国家投資ファンドが日本株への長期投資に動き出したとみる。同時に、同氏は「まだまだ中東で日本企業の知名度は低い」とくぎを刺す。UAEのドバイ首長国の政府系ファンドは、アドバイザリーボードにソニー元会長兼CEO(最高経営責任者)の出井伸之氏を招聘した。デジタルカメラに代表される日本の電子製品、トヨタ、ホンダなどのクリーン車技術など、日本の製造業に投資機会を見いだし、さらに日本の製造業の現地進出までも視野に入れている。日本では製造業が自力で資金調達し、金融との力関係を優位にしているが、その分行き先を失った日本の銀行余剰資金がニューヨークに流れ、日本企業がカナリアとなったことは前に述べた。今度は長期安定した投資家を新興国ファンドに見つけることで、企業がニューヨーク市場の頚木から解放される好機でもある。日本企業は機を逃さず「勝ち組」取り込みに向け、戦略を張り巡らさなければならない。


産経新聞特別記者●たむら・ひでお 田村秀男

(略歴)
田村秀男氏 
昭和21(1946)年、高知県生まれ。
早稲田大学政経学部卒。
日本経済新聞社に入社し、ワシントン特派員、編集委員、香港支局長などを歴任。
平成18年に産経新聞社に移籍。
著書に『人民元・ドル・円』(岩波新書)、『円の未来−欲望と欺瞞のマーケット』(光文社)など。

 ←「正論」購入を希望される方はこちら(送料無料) ===================================================================
  このコラムは、隔週火曜日に更新予定です。 ===================================================================

Copyright©EIS,Inc.2007 All rights reserved.