日本人全体と握手
民主党の小沢一郎代表は昨年12月7日夜、中国・北京市内の飲茶店で、周囲を驚かすほどの上機嫌ぶりを見せた。
「胡錦涛国家主席の握手はな、日本人全体と握手した意味合いがあるんだ。本当にすごいサービスだったなぁ」
紹興酒で顔を赤らめた小沢氏は、側近職員らを相手に何度も繰り返した。
今回の訪中の目的は、一昨年の小沢氏と胡氏の会談で創設に合意し、今回で2回目の開催となる民主党と中国共産党の定期協議機関「交流協議機構」の会議と、小沢氏がライフワークとしてきた日中民間交流事業「長城計画」を兼ねたもの。訪中団の規模は、民主党国会議員44人と同党の支持者ら約400人まで膨れ上がった。
参加したのは羽田孜最高顧問、菅直人代表代行、山岡賢次国対委員長ら党幹部のほか、小沢氏を支持する中堅若手グループ「一新会」のメンバーら。そして12月7日に迎えたのが訪中団の最大のイベント、胡氏との記念撮影と会談。無事に終えた安堵感がこの夜の小沢氏を包んでいたのは想像に難くない。
小沢氏は特に人民大会堂での記念撮影に感激していた。胡氏は撮影を前に、一般人を含む前列の一人一人に「ようこそ」と日本語で語りかけながら握手をして回った。
小沢氏が事前に「私との会談なんていいから、一般の人たちにサービスしてほしい」と中国側に要請して実現したこだわりの厚遇だった。「胡氏が一般の日本人と握手する姿が日本国内のテレビで放映されることで、日本国民が中国への親近感を持つ」(同行筋)というねらいを込めたものだ。
紹興酒を5杯で鼻歌も
気を良くした小沢氏はその夜、「飲みに行こう」と民主党職員ら4人をホテルから連れ出し、飲茶店でめでたく大団円を迎えた、というわけだ。紹興酒をあおった小沢氏は、最初こそ小さなグラスで飲んでいたが、いつしか自らボトルを握り大きなコップに注ぎ始め、周囲の心配をよそに5杯も飲み干したという。
サー、ユイユイ
小沢氏は深夜の帰りの車中で、沖縄民謡の安里屋ユンタや武田節を鼻歌で歌い出し、周囲を「あんなにご機嫌な小沢氏を見るのは初めてだ」と驚かせたという。
小沢氏の主眼が「友好交流」だったことは、訪中初日の6日夜の李鉄映・全国人民代表大会副委員長との会談の内容からも明らかだ。
「小沢氏は素直で、思ったことは何でも口に出す正直な人だ」と李氏が牽制するような発言をしても、小沢氏は言葉を返さなかった。だが、「小沢氏は中国への理解が非常に深い。中国国民はそれを忘れてはいけない」と持ち上げられると、小沢氏は「政治はもう疲れたからやめてもいいけれど、訪中団は100歳まで続けたい」と語った。
福田康夫首相との党首会談で持ち上がった大連立構想が民主党幹部の拒否にあって、小沢氏が代表の辞意を表明。慰留を受けて一転して代表にとどまることになった騒動から1カ月ほどしかたっていない。この微妙な時期に、外国の要人に「政治に疲れた」と心境を漏らしたかたちだ。同席者は「小沢氏は訪中団の大切さを強調するため、冗談交じりに語った」と解説するが、民主党側はその悪影響を懸念して「疲れた」発言を伏せて同行記者団に会談内容を発表したという。
懸案事項は一般論のみ
小沢氏と中国側の一連の会談は、「外交的な儀礼」に終始し、東シナ海のガス田開発問題や中国の軍拡、台湾問題などの懸案事項が議論になることはなかった。胡氏との会談後の記者会見で記者団から問い詰められ、自ら「ボクは議論しに来たんじゃないですから」と言い切った。
中国側も小沢氏の意向を感じ取り、小沢氏と胡氏の会談に一般同行者を同席させる計画まで持ち出した。会談を翌日に控えた6日夕、中国共産党は民主党側に「20人なら一般参加者を会談に入れる」と持ちかけた。友好を演出するサービスである半面、「胡氏が会談で重大な課題を議論するつもりがないことの裏返し」(民主党関係者)でもあった。結局、民主党側が「一般参加者は400人もいるのに、数時間以内に20人に絞るのは無理だ。必ず不満が出る」と断り、立ち消えになった。
小沢氏は七日朝、北京市内のホテルで、中国共産党の次世代リーダーの1人と目される李源潮中央組織部長と会談したが、「難しい問題があればあるほど、日中両国の協力が重要になってくる。日本も中国も努力する必要がある」と述べるにとどまり、一般論に終始した。
この会談の後、民主党から小沢氏や菅氏ら、中国共産党からは李源潮氏や、昨年1月に来日し民主党大会に来賓として出席した王家瑞・中央対外連絡部長らが顔をそろえ、「交流協議機構」全体会議を開いた。だが、両党とも事前に用意した演説原稿から、台湾問題などに関する部分をあえて外し、友好ムードを演出した。
堂々とした胡主席と対照的
同日午後に行われた訪中のクライマックス、胡氏との記念撮影と会談では、「小沢氏は明らかに緊張していて、胡氏を拝謁するような様子だった」(同行筋)という。
会談に先立ち人民大会堂の大ホールで行われた記念撮影で、胡氏は堂々と闊歩し、訪問団に握手して回った。小沢氏は常に、胡氏の少し後ろで笑みを浮かべて歩いた。2人は記念撮影を終えて歩き出し、ホールから出る間際に胡氏が手で「隣にどうぞ」と合図すると、小沢氏は横に並んだ。同行者は「胡氏が横に並んで歩くことを許したように映った」という。
その後の会談で、小沢氏は大きな椅子にいつになく浅く座り、背筋をピンと伸ばした。胡氏が「民主党の交流活動は必ず両国国民の相互理解と友情を深める」と歓迎の意を述べると、小沢氏は「主席閣下に参加者と写真を撮ってもらい、握手までしていただいて、前例のないサービスに感謝したい」と語った。
小沢氏周辺は「小沢氏は自分が野党党首に過ぎず、権力の側にいないことをわきまえて、胡氏を立てる態度を貫いた」と説明するが、同行記者は「珍しく上ずった声で、胡氏にのみ込まれているようで意外だった」と振り返る。国内の記者会見では、いつも険しい表情で記者団をにらみつけるかのようにしているのとは大違いだったからだ。
胡氏は「日中交流は進んでいる」と前置きし、「互恵関係の強化は環境保全やエネルギーなどグローバルな挑戦に役立つ」「防衛面の対話も進み、北朝鮮の核問題について日中間で連携が進んでいる。国際的、地域的な課題で良好な関係を保ってきている」との認識を示した。
これに対し小沢氏は、中国の深刻な環境汚染や不透明な軍拡、北朝鮮の核開発や拉致問題などについて問題点を指摘することなく、「アジア諸国は政治システムや宗教、経済の発展状況が違う。アジアが平和で豊かな地域になるための要が日中関係だ。主席が偉大なリーダーとなられるよう祈念する」と友好関係構築の重要さを強調するばかりだった。
分科会では防戦一方に
中国は、台湾の陳水扁総統が台湾名義での国連加盟の是非を問う国民投票を計画していることに強く反対している。小沢氏も昨年11月25日に滋賀県で開かれた民主党の会合のあいさつで、唐突に「台湾で国民投票が行われれば、中国政府との政治的な緊張感が高まる。いろいろな意味で今、転換点にさしかかってきている」と述べていた。小沢氏側近も「台湾問題ぐらいは議題に上るのではないか」と見ていたが、会談は「儀礼」ばかりで終わった。
小沢氏は会談後の記者会見で、翌8日に若手議員が中心になる「交流協議機構」分科会に丸投げするかのように、「(日中の懸案事項の議論は)交流協議機構でみんなで議論するから、私は大局的な話をした」と語った。
果たして8日の外交安保分科会は、中国共産党の外交関係研究者らが民主党若手議員を攻め立てる場になった。民主党の鳩山由紀夫幹事長が11月にダライ・ラマ14世と会談し、チベットの「高度な自治」を支持する考えを伝えたことに対し、中国側は「チベットの政治は安定している。私たちのダライ・ラマへの要求は基本的に1つだけで、中国国内の分裂活動をやめることだ」「60%前後の中国人は日本に親近感を持っていない。こうした状況を改善していくためには、鳩山氏の会談はマイナスの影響がある」とまくし立てた。
台湾の国連加盟を問う住民投票問題も「住民投票が行われたら、台湾を国家と宣言することも含めて既成事実を積み重ねる。陳水扁氏のたくらみを黙認すれば、アジアと世界の平和が脅かされる」と指摘。さらに「台湾高官の訪日や、周辺事態法を含めた台湾の存在を前提にした法整備は、台湾独立勢力に間違ったシグナルを送る」と要求した。
民主党議員は「鳩山氏の会談は個人的なものだ」「台湾の独立は支持しないが、中国の武力行使にも反対する」と防戦一方。「あなたたちはチベットも台湾も中国の内政問題だと言うのだから、こちらにいろいろ意見を求められても困る」と、「理屈が通っているようだけれど、問題解決にならない反論」(出席者)まで持ち出したという。
封印された剛腕
小沢氏は「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)関連法案が議論になった平成11年の訪中で、当時の尉健行・中国共産党政治局常務委員に台湾海峡での軍事的緊張が周辺事態に含まれると明言、歴史認識問題も「一方的な言い分だけでは真の友好は生まれない」と述べた。各党幹部が北京詣でを繰り返す中、本音で迫る「小沢流」は一定の評価を得た。
ところが、今回の訪中では、小沢氏の国際情勢をめぐるスタンスは当時とかなり違っている。小沢氏は七月の参院選後、テロ防止のための、インド洋での多国籍軍への補給活動継続に反対の姿勢を鮮明にし、米国のシーファー駐日大使にさえ真っ向から反論した。これで、中国にも直言外交を展開できれば、「次期首相」としての指導力を見せることができるとの期待感が民主党内の一部にあった。
実際、小沢氏本人も今回の訪中前の記者会見で「もみ手をして笑っているのでは軽蔑される一方だ。言うべきことは言わないといけない」と持論を展開した。新テロ対策特別措置法の審議をめぐり与野党の攻防が激化する中での訪中団の編成は、さらに小沢氏の「実績」を求める声に拍車をかけていた。
だが、こうした期待感は肩すかしに終わった。小沢氏が胡氏との会談後の記者会見で「福田首相が(中国に)来るのは私に関係ない。私は初めて訪中したのはもう37年前のことだ。それ以来のずっと長い関係だ」と強調したように、今回の成果と呼べるものがあるとすれば、小沢氏の中国人脈のアピールだった。
見えない対外戦略
民主党の保守系若手議員は「党内に小沢外交への不信感がたまりつつある」という。「小沢氏が民主党代表に就いて以降、米国との交流はめっきり減った」(中堅)と小沢氏の対米姿勢に疑問がくすぶっていた中で、小沢氏が新テロ法をめぐりブッシュ政権の中東政策を徹底的に批判し始めたためだ。前原誠司副代表は「日本が自分で国を守れるように変えるにはかなりの年月がかかる。しばらくは米国とうまく付き合うことが大事だ。日米関係をマネジメントできなければ、中国や朝鮮半島、ASEAN、台湾といった関係もマネジメントできない」と公然と異を唱える。
小沢氏は批判を浴びた日米中関係の「正三角形論」こそ明言しなくなったが、日本が外交・安保の基軸を日米同盟に置く現実の中で、どのように日米、日中関係を築いていくかについては明確には語らない。胡氏との会談後の記者会見で日米関係のビジョンを問われても「自分の意見をきちっと述べ、約束したことは守る。そしてシェアしなければならない責任は果たす。そういうことではないか」と述べるだけだ。さらに米国との交流をどう進めるかを問い詰められても「議員交流の場をつくることはいいことだと思っているが、まあ、(われわれ民主党が)政権党にならないとな」とだけ答えた。
小沢氏周辺は「小沢氏は共和党だけが米国政府だと思っていないし、新テロ法だけが日米関係だとも思っていない」「米国は日本を攻めてこないが、中国は攻撃してくるかもしれない。だからこそ、中国とは普段から仲良くしておく必要がある」と小沢外交を解説する。
こうした対中姿勢は民主党が政権をとっても継続されるのかどうか。それとも、小泉政権で対中関係が悪化したあおりで、政府自民党が対中関係改善に苦慮しているのをみて、国内政局を見越した方便に過ぎないのか。
自衛隊の海外派遣に関しても、国連決議があれば容認されるとの考えを示しているが、これも、党内に左右両論を抱える民主党特有の事情によるものなのか。それとも、政権をとってもあくまでこの原則を貫くのか。
民主党の政策としてではなく、政権を獲得した場合の安全保障・外交戦略について、小沢氏の本音はどこにあるのか、いま1つ見えないところがある。ただ、今回の訪中で直言型を封印して、友好重視のスタイルを見せたことで、対中重視の姿勢が一層強調されたことは確かだ。
最終決戦の行方は
自民党幹事長から竹下派会長代行となり、権力の絶頂にあったのが平成の初め。その後、自民党を飛び出して自民党を野党に追い落とし、細川連立政権を主導したが、再び新進党で野党に。自由党、民主党と紆余曲折を経ながら、代表として、文字通り最終決戦の場である総選挙に臨むのはそう遠くない。
これまで説明不足をたびたび指摘され、本人も「反省する」と言った小沢氏。1月11日の衆院本会議で行われた新テロ法の再議決の採決で、小沢氏は本会議を途中退席し、採決を棄権した。大阪府知事選の選挙応援に出向くためで、鳩山幹事長は13日になって「国会議員としての責務を果たすべきだった」と陳謝したが、小沢氏は16日の記者会見で「本会議の結果は見えていた。国民は理解してくれている」と謝罪はしなかった。
前代未聞の事態に、他の野党は反発し、民主党幹部も困惑するしかなかった。1月18日から始まった通常国会は、歳入関連法案(日切れ法案)などをめぐって与野党が攻防を繰り広げる。その行方は総選挙の前哨戦の様相を呈することになるだろう。小沢氏はどんな指揮官ぶりを発揮するだろうか。