インターネットで「右傾化」という文言を入れて検索すると、ブログや「プロ市民」によるホームページ、報道機関のニュースサイトなどたくさんのHPに出合う。小泉内閣時代に進められた構造改革路線や安倍内閣下での教育改革、憲法改正、自衛隊の海外派遣や集団的安全保障の議論など、「戦後レジームからの脱却」を掲げ進められた諸施策をめぐる動向を槍玉に挙げてこうした言葉を使う場合が多いようだ。
しかし、果たして世の中が本当に右に動いたのだろうか。そんなことはないだろう。「右傾化」を唱えている方々のこれまで訴えてきたこと、やってきたことが周囲の人たちから色あせてみられていることは確かなようである。かつて一定程度存在した社会党や共産党が長期的な退潮傾向にあえいでいるのはその証左のひとつだと思う。彼らが信任を得られなくなってきているのは事実だが、それだけのことではないだろうか。
そもそも「右傾化」という言葉を、好んで使うのはこうした方々である。自分達の言動を省みずに、それを「世の中が右に流れたのだ」と世の中のせいにし、危機感を煽ったつもりでいる。こうした姿勢にこそ周囲から共感が得られない一因があるだろうと思う。
それに新聞を見ていると右傾化どころか、「まだこんなことがまかり通っているのか!」と呆れてしまうような出来事が沢山転がっている。彼らが大切に抱いてきた進歩的な価値観や左翼的な価値判断は廃れるどころか結構大手を振って幅を利かせている。
一例を挙げよう。平成19年3月に島根県内で開催された「教育再生民間タウンミーティング」での出来事だ。「教育再生民間タウンミーティング」というのは正論メンバー、八木秀次高崎経済大学教授が理事長を務める教育再生機構が全国各地で開催している民間の教育提言イベントだ。これまで開催した石川、山形、熊本、大阪などでは府県教委が後援を出す形で実施され、参加者の様々な声は集約され安倍政権下で進められた「教育再生会議」に提出された。
ところが、後援依頼を受けた島根県の反応はいびつなものだった。通常、イベントの後援は主催団体から出された依頼書類を審査して決める。機構から出されたパンフレットを見た県教委は「八木氏は思想的に偏っている」と判断、後援を出さなかったのだ。
当時の新聞記事を見ると、県教委が問題にしたのは八木氏の主義主張だった。パンフレットにある「国の中心に一系の天皇をいただいた」「歴史と伝統を否定する『戦後教育』」といった表現についても「問題がある」と判断した。県教委総務課が「(八木教授は)思想的に偏りがある。内部規定にのっとって本県の教育振興に(このイベントは)寄与できない」とまでコメントしていた。
後援依頼に全て応じていたら、事務は膨大に膨らみ収拾がつかなくなる。それは理解できる。出された申請全てが認められるべきだとは思わない。一線をひいて断られる場合も当然あるだろう。しかし、問題はその理由だろう。一行政機関が一個人の思想信条をチェックして「思想的に偏りがある」と決めつけ、問題視する。島根県ではこうしたことがまかり通るのである。
島根県に限らず、役所に足を運ぶと子育てや生涯学習、講演会など様々な市民団体やNPOなどの活動情報を入手することが可能だ。しかし、こうしたなかには左翼のフロント団体に関する情報が沢山混じっている。役所で紹介されたイベントだからと参加するうちに、いつのまにか取り込まれてしまうことも起こりうるのだ。とりわけ、男女共同参画政策で各地に出来た政策推進拠点となる男女共同参画センターはジェンダーフリーやフェミニズム学者らによって仕切られている場合が多い。地方自治体が左翼的価値観を持つ「プロ市民」にいいように操られ、予算つきで特定思想を発信する拠点となる場合すらある。役所だけでなく地方議会や首長はこうしたことに対する問題意識が概して希薄で、危険性に鈍感である場合が多い。
行政が率先して思想統制まがいの挙を平然と行うという点では、今自治体に設置されている苦情処理機関や人権オンブス活動などはそうした危険をはらんだ組織といえるだろう。紛争や苦情に耳を傾けながら、住民の救済を図るというのが建前だが、もともとこうした紛争処理は司法が担うべき役割ではないのか。
ある日、行政機関から呼び出しを受けて、一方的に人権侵害や差別者のレッテルを貼られる可能性だって否定できないのだ。八木氏の例は、苦情処理機関ではないが、行政機関が一個人に「思想的な偏向」を指摘するいびつさは同じだ。
八木氏とは若干異なるケースだが、高橋史朗明星大学教授も似たような「イベント被害」にあった。17年2月、沖縄・宜野湾市の青少年健全育成協議会が市内で講演会を開催することにした。そこで講師を高橋氏に頼んだ。講演の演題は「親と子の心のキャッチボール」。ところがこれに沖縄県内の教職員が組織する日教組加盟労組「沖教組」などが抗議活動を展開した。その理由は「高橋氏は新しい歴史教科書をつくる会の元副会長で歴史観に問題がある」というものだった。結局、講演は中止に追い込まれた。
平成12年にも高橋氏は、福島県いわき市で開かれた教育フォーラム2000「学級崩壊と感性・心の教育」のコーディネーターを引き受けた。ところが、ここでも福島県教組いわき支部、共産党いわき地区委員会などがフォーラムへの後援やシンポジウムのパネリストとして市長、教育委員会関係者が出席しないよう申し入れる活動を展開した。このときも「新しい歴史教科書をつくる会」の副会長という高橋氏の肩書が問題視された。「新しい歴史教科書をつくる会」は「憲法、教育基本法の理念を真っ向から否定する教科書を現場に採用させようと運動している団体」だから、「講演会、シンポジウムのテーマに関わりなく、公的機関の市教委などが後援するのは適切ではない」というのだ。
彼らは自分たちの運動イベントの会場を公的施設に求め、断られると執拗に裁判を起こしては、言論の自由、表現の自由、集会の自由を盾に民主主義に反すると迫る。ところが自分たちと異なる立場の言論には平気で言論の自由、表現の自由もふみにじる。しかもそれをはばからないのである。
■国旗国歌の正常化阻止への彼らの執念
教育現場では、長年にわたって「国」「国家」「道徳」といったことは貶められ続けてきた。卒業式、入学式で国旗国歌を適切に取り扱う。こんなことは当たり前であり、イデオロギー支配から脱却して教育の正常化を図る第一歩だ。が、これができない。1月号で国立市の元教育長、石井昌浩氏が「教育界は残念ながら虎視眈々と既存の教育諸制度や秩序に揺さぶりを掛け機能不全に陥らせようとする勢力を内部に抱え込んできた」と述べたが彼らの反国家、反国旗国歌の感情は一般の国民感情とは懸け離れ、常識では推し量れないレベルであり良識は通じない。国旗国歌を貶めようとする明確な意図、執念を持った政治運動なのだ。
その一端を例示したのが平成18年5月の産経新聞朝刊「君が代の替え歌流布」という記事である。国歌斉唱に反対する運動団体などで「君が代替え歌の傑作」「心ならずも『君が代』を歌わざるを得ない状況に置かれた人々のためにこの歌が心の中の抵抗を支える小さな柱となる」などと紹介された国歌の替え歌「Kiss me」について報じた記事である。ざっと歌詞を紹介すると
Kiss me, girl, your old one。
Till you're near, it is years till you're near.
Sounds of dead will she know?
She wants all told now retained,
for, cold caves know the moon's
seeing the mad and dead.
ちなみにこの歌詞には訳がある。「日本政府への裁判を起こした元慰安婦と出会った日本人少女が歴史の真相が明らかにされるのを心にとどめ、すでに亡くなった元慰安婦の無念に思いをはせる設定」という。
(訳) 私にキスしておくれ少女よ、このおばあちゃんに
おまえがそばに来てくれるまで何年もかかったよ。そばに来てくれるまで
死者たちの声を知ってくれるのかい。全てが語られ、今心にとどめておくことを望んでくれてるんだね。
だってそうだよね。冷たい洞窟は知っているんだからね。お月様は気がふれて死んでいった人達のことをずっと見ているということを
というものだが、このような替え歌を式典本番、真顔で歌って「処分を逃れた」と悦に入る教師が実際、何人いるか私は知らない。この歌詞といい訳といい、「ここまでやるか!」と彼らの執念に呆れた次第である。
卒業式に関してもうひとつ例を出そう。これは平成15年、東京都福生(ふっさ)市のある中学校の卒業式での出来事である。同校では生徒たちが卒業制作として壁画を手がけていた。そのこと自体に問題はない。都下の学校の卒業式では壇上を一切使わず卒業生、在校生、教職員が同じフロアに立つ対面式で行われたり、在校生による「送る会」が組織されたり、この学校のように壇上に児童生徒の作品を飾る学校が多かった。
なぜか。こうしたやり方はいずれも「組合推奨」の形式だからだ。いずれも「子供が主人公の式典」という児童中心主義の流れで急速に広まったものだが、学習指導要領で定めた国旗や国歌の正常な取り扱いをないがしろにしている――という共通点があり、都教委はこうした式典を避けるよう指導に乗り出していた。
「壇上に生徒の作品を飾るのは駄目。きちんと国旗を掲揚するように」という都教委の指導に反対したのは一部の教職員だけではなかった。式典直前になると保護者による署名が提出された。生徒代表が校長に「なぜ壇上に私たちの作品を飾るのが駄目なのか」と説明を迫る「直談判」や泣きじゃくる生徒も現れた。結局、校長は「在校生、卒業の送辞、答辞の間、国旗を一時吊り上げ、壇上で壁画を紹介する」ことを了承した。
卒業式当日。式典終盤の送辞を迎えた。予定通り国旗は吊り上げられて、見えなくなった。代わりに壁画が出てきた。そして答辞が始まる。徐々に雲行きが怪しくなっていく。卒業生から「先生や保護者の働きかけで壁画が生徒の言葉のときだけ展示され感謝します」「私たちは壁画を背に退場したい。でもその願いはかなわないのでしょうか」「私たちの複雑な気持ちをわかってください」…次々と台本にはなかった言葉が口にされたのだ。
答辞は終わった。壁画のカーテンを閉めようとすると保護者も加わって「閉めないでください!」。場内は騒然となった。国旗は宙に浮いたまま式典は中断した…。
都教委関係者によると、このケースは一部教職員が意に沿った生徒や保護者を巻き込む形で式典を掻き回した例とみられている。
こうなると学校はもはや謀略の場である。広島県で国旗国歌の正常化に絡み県立高校の校長が自殺を図る事件が注目を集めたが、これほどまでに一筋縄でいかない連中が巣くっている。これが学校なのである。
■「組合教育」の残滓は至る所で健在
道徳教育の軽視など「組合教育」は時間割の隅々にまで浸透している。子供の学校の時間割で月曜1時間目に「道徳」が入っていたら要注意である。これまで道徳の時間が「M(モラルの意味)」「人権」「人権平和」などと変更されたり、副教材「心のノート」が活用されていない実態が問題になったが、こればかりではないのだ。
なぜ月曜1時間目が問題なのか。これは月曜1時間目は集会や代休など様々な理由でつぶれる可能性が高く、学習指導要領で求められている年35時間(1時間は45分)が実質満たされずに終わる可能性が高いからである。
また水曜日の午後の時間を研修など様々な理由で4時間授業と給食を終えたら児童生徒を放課する地域もある。かつて「東京都方式」「長崎方式」などといわれ、教職員組合が強い地域で横行した「遅出早帰り」の名残とされている。かつて学校では授業を終えた先生が4時に帰宅する慣習がまかり通っていた。それではまともな職員会議すら開けない。しかし、職員会議は週に1度、2時間程度は開催したい。教職員の4時帰宅はその日も変わらないだろう。そこで、水曜日は給食を終えたら、児童生徒を帰し、先生は2時から2時間の職員会議を開き、4時帰りを温存していたのだ。
「遅出早帰り」は指導が厳しくなり、多くの学校でできなくなった。学校5日制が完全実施され、2学期制が導入されるさいに決まって「授業時数が足りない」などと言われるが、果たして水曜日午後、子供を自宅に帰した学校の先生方は時間を有効に使っているのだろうかと思う。
「右傾化阻止」は教職員組合の共通認識のようだ。平成17年、大阪の公立高校では「全ての府立高校に『九条の会』をつくろう」が合言葉になった。「教え子を再び戦場に送るな」というわけである。「九条の会」はかつての進歩的文化人が中心となって発足した憲法九条擁護、改憲阻止を掲げて発足した勝手連的な組織であり、職場やサークル、様々な組織で「九条の会」を立ち上げる運動を進めた。それがどの程度成果を上げたのかはわからないが各地の高校教員が反応した。
憲法改正の最大のハードルが国民投票であることをにらんだ動きであることはいうまでもない。しかし、こうした政治運動に生徒を駆り出すことは許されない。まして、そのために教室でビラを配ることなどいわずもがなでアウトだ。
そこで大阪では校門をくぐるところで始業前にビラを配るという運動が展開されたのだった。これでは実質的に教室でビラを配ることと何ら変わらないのだが、彼らはそうした「問題点」に何ら無頓着である。
北海道の公立高校教員の労組、北海道高校教職員組合では18年、卒業生がターゲットにされた。北海道内の全高校に指令が出され、教師1人が卒業生3人に手紙を出すことが目標とされた。高校の職場「九条の会」の名前で取り組みが進められ、担任団、学年団、校務分掌で一緒に仕事をした教師同士の様々なつながりがフル活用され夏休み中に卒業生に手紙を書く取り組み「憲法九条手紙運動」が進められた。卒業生には手紙と九条の会のアピール、チラシや署名が送りつけられ、組合があらかじめ参考文例を用意する念の入れようだった。
京都では卒業生だけでなく保護者もターゲットにされた。ある高校では「映画日本国憲法」のDVDを上映する学習会が高校の教員組合によって企画され、門前配布だけでなく、生徒を通じた保護者への呼びかけが進められ、グルメ九条の会と称して懇親会が企画されたり正にあの手この手の政治活動が展開された。
■採決禁止報道の「不作為」
学校の正常な運営を確保するために、校長のリーダーシップは欠かせない。法律では時間割の編成や校務分掌から教師が教室で生徒に配るプリントの中身に至るまで一切の責任を学校長が負っている。ところが現実には学校のあらゆる判断をを職員会議にゆだねそこで決める悪しき慣習が教育界を支配していたのである。
これは日教組が掲げてきた「民主的な学校」の姿だが、これこそ校長の権限を制約した、不当な支配である。彼らのいう「民主的」というのは日教組教育に甘く優しいものであり、教育行政に対しては徹底的な反発を伴う。平和教育に対する異議異論などを許さないものである。何をするにも教職員に諮り、同意を取らなければ進まない。これでは誰が校長かわからない。こうした反省から職員会議は校長の仕事を補助する機関に過ぎないことを明確にしたのだった。
ところが、東京都ではこうした正常化が図られた後も悪しき慣習が残っていた。職員会議自体はシャンシャンで終わるのだが、「学校運営協議会」などの名前で教職員が集まり、そこを決定機関とする。いわば「第二職員会議」である。あるいは職員会議で挙手、多数決で決める。こうした都立高校が相次いで見つかったのだ。そこで都教委が学校経営の適正化を図るためにこうした「挙手採決など教職員の意向を確認」する議事進行をやめるよう求める通知を出した。
ところがマスメディアの反応はこうした前提を無視したものだった。平成18年4月15日付朝日社説「採決禁止 東京の先生は気の毒だ」を見てみよう。
この社説では冒頭から「あきれる、というよりも思わず笑ってしまう、こっけいな話ではないだろうか。東京都教育委員会が都立学校の職員会議で先生たちの挙手を禁止したことだ」という記述で始まる。途中、法律を説明した件はある。校長にも指導力を発揮しなければならない、と求めてもいる。それでも都教委の通知は「どう考えても、行き過ぎである」。そのうえで、「賛成か反対か採決によって多数意見を決める方法は民主主義の大事なルールとして先生が子どもたちに教えていることだ。その先生たちが職員会議では挙手も採決も禁じられていると知ったら子どもたちはどう思うだろう」という。
いくつも例示したつもりだが、学校では必ずしも良識が通用しないのだ。徹底的で組織的な抵抗勢力を抱えているからで彼らは公教育を政治運動や闘争の場にしてしまう。話し合いを迫り、断ると「話し合いを拒否した」と騒ぐ。逆に応じれば議論を吹きかけ、瑣末なことで揚げ足を取り、延々と引き延ばしを図る。職員会議はどう転んでも組合教師にとって絶好の抵抗の場である。
卒業式、入学式での国旗掲揚や国歌斉唱などを校長が口にすれば職員会議は深夜まで延々と続く。
分会長という学校にいる組合教員が入念に打ち合わせたうえで校長を長時間にわたって突き上げ、会議を掻き回し、吊るし上げたすえに裏取引を迫ることもある。
これでは教育改革など諸施策もどう骨抜きを図られるかわかったものではない。
指導に表向き従ったからといっても安心はできない。児童生徒を巻き込む場合もある。保護者を焚きつけたり、策を弄する教師もいる。国歌斉唱では替え歌で誤魔化し、悦にいっている教師さえいる。処分を持ち出さなければ、指導に従わないのである。
こうした内実を全く踏まえずに、あえて話し合いの重要性を口にして「賛成か反対か採決によって多数意見を決める方法は民主主義の大事なルールとして先生が子どもたちに教えていることだ」などと耳にあたりの良い言葉をちりばめるのは一面的だと思う。揚げ足取りに加担しているようにも思え、あきれるというより、こっけいで東京都教委が気の毒だった。
■乱訴への加担ではないか
新しい歴史教科書をつくる会のメンバーが執筆した中学歴史教科書をめぐる報道についても述べておこう。現在、この教科書を採択し、学校で使っているのは愛媛県教委や東京都教委が採択権を持つ中等教育学校などと栃木県大田原市など全体の0.4%にとどまっている。この教科書を採択した愛媛県では平成13年以降、松山地裁に次々に訴訟が起こされ、提訴されるとそのことが大々的に報じられた。
問題はそのあとだ。
これらの判決報道をあまり目にした記憶がないのである。なぜなのか。それは訴えの大半が取り下げられているのである。
手元の資料で見てみよう。平成19年2月現在、係争中の案件は2件に過ぎない。ひとつは17年8月に提訴された採択審議が違法、違憲と確認する訴訟であり、もうひとつは同年12月に採択の取り消しと損害賠償などを求めて、県内在住者65人と県外在住者313人、韓国593人、香港在住の中国人35人が起こした訴訟である。
ではそれ以外の訴訟はどうなったのか。
@H13年10月、教科書採択が無効であることを求める訴訟――H14年1月、訴えが取り下げられ、終了
AH14年6月、愛媛県職員77人の給与半日分の県への支払いを求める訴訟――請求却下。高裁への控訴も棄却。上告期限が経過し、H15年8月、判決確定
BH16年5月、知事とH13年当時の教育委員への公費支出について損害賠償を求めた訴訟――H17年9月、訴えが取り下げられ終了。
CH14年3月、教科書採択の無効確認を求めた訴訟――H17年9月、訴え取り下げで終了
DH14年7月、教科書採択の取り消しを求め損害賠償請求の訴訟――H17年9月、訴え取り下げで終了
EH15年4月、教科書採択の取り消しと損害賠償を求めた訴訟――H17年9月、訴えの取り下げで終了
FH17年3月、損害賠償請求訴訟――H17年9月、訴えの取り下げで終了
GH17年1月、教科書採択の無効確認――同年10月、訴え取り下げで終了
HH17年1月、教科書採択の取り消しと損害賠償を求める訴訟――同年10月訴えの取り下げで終了
IH17年1月、教科書採択の取り消しと損害賠償請求訴訟――同年10月、訴えの取り下げで終了
…
まだまだ同じような訴訟が続くのである。請求が同じ趣旨だったり、当事者が同一の場合もある。教科書採択が一段落した時期を迎えると相次いで訴えを取り下げた場合もある。@とAだけが教科書採択に反対する団体以外からの訴訟でB以降はそうした運動団体からの訴訟だ。提訴件数は平成13年度、14年度の訴訟が8件、17年度のものが5件で合計13件にものぼる。このうち8件は全て取り下げられ、17年度の5件も相次いで一方的に取り下げられた。取り下げた理由は様々に語られており、「裁判所の公正な判断が期待できない」といったものまであったが、真相はどうなのだろうか。
教科書採択の民事訴訟では手続き自体に落ち度がないとほぼ勝ち目がないとされている。判決に「教科書採択に落ち度なし」となれば、これは訴えてはみたものの痛手になるからではないだろうか。
取り下げの大半11件のうち6件が判決言い渡しを目前に取り下げられている。自分たちの主張だけを行っただけで取り下げたり、口頭弁論開催直前に取り下げたりと、要は提訴して裁判による公正な判断を仰ぐという意思が感じられないのである。裁判を起こす権利は無論ある。しかし、そのことを逆手に取って裁判を起こしては取り下げ、再び起こすというのでは嫌がらせか、提訴を自らの主義主張や運動アピールの手段として利用しているといわれても仕方のない行為であろう。
またこうした乱訴の疑いがある彼らの動きを提訴段階では賑々しく取り上げておきながら、訴訟の取り下げについては検証をしていない(少なくとも聞こえてこない)マスメディアの姿勢にも首をかしげてしまう。
■個人情報保護の乱用ではないのか
神奈川県個人情報審査会が平成19年10月、卒業式、入学式で、国歌斉唱時に起立しなかった教師の氏名を学校長に県教委へ報告するよう求めた判断について「思想・信条に関する個人情報にあたる」として報告を中止するよう答申した。
中止の根拠となった神奈川県個人情報保護条例というのはおおむねどの都道府県にも同じように定められている。第6条で「実施機関は、次に掲げる事項に関する個人情報を取り扱ってはならない」とあり、
(1) 思想、信条及び宗教
(2) 人種及び民族
(3) 犯罪歴
(4) 社会的差別の原因となる社会的身分という項目を挙げている。この条文には、ただし書きがあり、@法令若しくは条例の規定に基づいて取り扱うとき、又はAあらかじめ神奈川県個人情報保護審議会の意見を聴いた上で正当な事務若しくは事業の実施のために必要があると認めて取り扱う――場合は「この限りでない」としている。
答申を見てみよう。彼らの不起立という行為が果たして思想信条に基づく行為なのか。答申は「(教師たちは)国家の象徴である国旗、国歌にどう向き合うかは個人の思想及び良心の問題であり、不起立という行為は異議申立人の人格形成の核心をなす人生観、世界観の発露であると主張している。このことに照らせば異議申立人は不起立の理由として国旗国歌に対するひとつの価値観などを挙げたものと認められる。このような考え方は異議申立人の歴史観、世界観及びこれに由来する社会生活上の信念ということができる。従って卒業式の国歌斉唱時における不起立は思想信条に基づく行為であると認められる」と無条件に認めている。
では条例6条のただし書きに基づき、不起立教員の氏名を報告することが法令に基づき許されるかどうか。答申は「法令に基づく」の意味を解説する。
「法令の規定に基づいて取り扱う時とは@実施機関に調査報告などの取り扱いの義務や権限を規定している場合A法令に報告、届け出、通知の義務が定めている場合B法令に当該事務を行う根拠が明記され、その根拠規定に基づいて事務を行う場合に趣旨目的から判断して取り扱いが明らかに予定されると認められ、当該情報を取り扱わなければ事務の目的が達成できないと認められる時(以下略)」。これに照らせば、不起立教員の氏名の報告はいずれも該当しないとしている。
少し解説しよう。個人情報の保護条例は個人の思想信条にあたるものを具体的に定め、こうした情報を行政機関が取り扱うことを禁じている。
思想信条に関する情報はそのひとつである。答申では前段でまず不起立教員の氏名は思想信条に関する情報と認定したわけである。しかし、思想信条に関する情報を行政機関が一切集められないのか、といえばそうではない。それが6条のただし書きであり、法令や条例に根拠があればいいというのである。
答申は県教委が校長に不起立教員の氏名を報告するよう求めるのは、法令に基づく行為とは認めなかった。そうなのだろうか。学習指導要領は学校教育法施行規則の一部であり、法的拘束力を備えた立派な法令である。学習指導要領には確かに「式典では起立しなければならない」とか「起立しなかった教員の氏名は県教委に報告しなければいけない」とまでは書かれていない。しかし、指導要領で「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導する」と定めてある以上、教師にはそういう振る舞いが求められるはずだ。
個々の教員が国旗国歌にどんな見解を持ち、それを思想信条と言い張っても、教育は「法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきもの」(新教育基本法)であり、公務員である以上は従う義務があるだろう。国旗国歌の否定的評価でなく、まず国旗国歌の意義を教える。これが学校であるはずなのである。
それに何よりこうした請求自体が運動の一環であることや公教育が切り崩される意味をもっと関係者は認識するべきではないか。かつて卒業式、入学式で国旗掲揚、国歌の斉唱時には暴れたり、野次る、式典にゼッケンやTシャツを着て臨む、といったあからさまな妨害行為をはばからない教員が相次いだ。
これが平成11年の国旗国歌法の施行で静粛な式典運営を損なう行為や校長の職務命令に反する行為が懲戒処分の対象となると、今度は国歌斉唱時は起立しない戦術が横行した。「明示的な反抗」に代わって無言の抵抗となったのである。
無言の不起立闘争だけでなく、卒業式が近づくと起立する義務がないことを確認する訴訟を集団で起こすことも盛んに行われた。これには校長を牽制する意味がある。これを予防訴訟といっている。処分が現実に出ると、今度はその不当性を争う裁判を起こす。一方で弁護士会には人権救済を申し立てる、個人情報の保護を求める申し立てるといった具合で、明確な意図をもって、あの手この手でこうした闘争を今も続けているのである。
個人情報保護というのも利用できるものは何でも利用する彼らのやり方のひとつなのだ。しかし、これが個人情報と認められれば学校活動のあらゆるものが個人情報となる。一方で学校の営みはその活動の細部に至るまで国民の負託を負って行われており、情報公開が求められているのだ。
出勤簿はもちろん、研修の内容報告、出張記録や授業計画や報告、職員会議の会議録やテストや配布プリント、副教材の届け出書類、事故報告、予算に至るまで行政活動の一端を担い説明責任が求められる。当たり前である。答申はこうした学校の公的性格に対する理解を欠き、骨抜きにする恐れのあるものだと言わざるを得ない。