月刊正論:11月号から  
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産経新聞社「月刊正論」からEISへの提供コラムです。
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   誤りだらけの『プリンセス・マサコ』

   無知か悪意か…皇室を歪める外国人ジャーナリストに゛鉄槌″(P224〜231) 
 
元テレビ朝日 皇室担当記者● 神田秀一 


 

 オーストラリアのジャーナリスト、ベン・ヒルズ氏による『プリンセス・マサコ』邦訳版が、第3書館から出版された。昨年秋、原著の英語版がオーストラリアで発売された後、宮内庁と外務省が事実関係に誤りがあるとして出版社と著者に対して抗議をした、いわく付きの書である。はじめに出版を試みた講談社は、丹念に一字一句事実確認をして修正をヒルズ氏に申し出たが、ヒルズ氏は「誤りは大したことではない」と強弁したことから、今年2月、信頼関係を樹立できないと中止を発表していた。今回その書の邦訳が出版されるらしいということを私は1カ月ほど前から聞いてはいたが、本当に実行したので驚いている。

 しかも、側聞したところによると、新たに翻訳者を立てたのではなく、講談社が翻訳したものをそのまま使ったという。出版業界のしきたりは放送の世界にいた私にはよく分からないが、そのようなことが果たして許されるものなのだろうか。また週刊新潮記事8月16・23日合併号によると、第3書館の代表取締役は元日本赤軍メンバーで逮捕歴があり、元革命家と皇室という、およそ縁遠い組み合わせという。

 このようなことから本来はうち捨てておいてよい書なのだが、邦訳が出版されたことで国内に新たに誤解が広まることを懸念して問題を指摘しておきたい。

世界で瞬く間に広がった皇室観

 まずこの書について、皇太子殿下は、オーストラリアから出版された後、2月の誕生日に際しての記者会見で宮内記者会の質問に対して「読んでおりませんけれども、内容については、東宮大夫の方からも話を聞いておりますので、だいたい内容については把握しているつもりです」と答えられている。外務省出身の野村一成東宮大夫が「英文の内容を全て皇太子さまにお伝えしてあります」ということなのでその通りなのだろうが、2月の話なので、多くの版が世に出た現在、もしかするとお読みになっているのかもしれない。

 当時、読んでいなかった理由の1つには、シドニー版が発売直後に売り切れて入手できなかった事情がある。その後発売された改訂版や第3版は数カ所の訂正を施されているときく。しかし、そのほかの無数の誤りと本の骨格はそのままである。ヒルズ氏は世界の主要都市の出版社に働きかけて数カ国語で翻訳出版することを希望しているというから、英語、日本語に限らず、フランス語、スペイン語、ロシア語などに今後訳されていくのだろう。最初のオーストラリア版(ランダムハウスRandom House、2006年11月)のタイトルは゛Princess Masako Prisoner of the Chrysanthemum Throne(プリンセス・マサコ 菊の君主の囚人)″。同時期に刊行された米国版(ペンギンPenguin/Tarcher、同10月)は、さらに表紙の雅子妃殿下の写真に大きな菊の花を重ね、ひときわ鮮やかな色で目を引く装丁となっている。

 ニューヨーク、ロンドンはシドニーと同じ英語圏であることから、同書は瞬く間に広がったらしい。日本では、講談社の出版中止の判断に伴い、洋書を入手しやすいネット書店アマゾンなどで注文が殺到し、一時は英国の人気シリーズ『ハリー・ポッター』を抜いて1位だったという。

 今年8月の台湾版(三采文化出版事業有限公司Sun Color、8月)は「雅子妃 菊花王朝的囚徒 日本皇室 不願公開的眞相!」。9月の日本語版タイトルは「プリンセス・マサコ」。帯は「これはひとりのきわめて有能な女性が被害者となった『人権喪失の記録』である」とある。

 副題の菊(クリザンテー厶Chrysanthemum)という言葉も、事態を深刻にしている。欧米の人々にとって、菊は日本の皇室そのものだからだ。私が1970年代に英国放送協会へ出向したころ、英国では「菊」というだけで関係者に「日本の王室」を想起させた。英国王室を共通にして仰ぐ英連邦の国々でも同じだろう。ヒルズ氏は「菊の紋章」に副題を「菊の君主の囚人」と重ねている。

 天皇家のご紋章は十六弁の菊で、それがすぐに頭に浮かぶ。世界の知識階級がたしなむ書に、菊はもう1つの大きな意味があるからだ。19世紀半ば、欧州がアフリカ、アジアへ進出を続ける過程で、各国でエキゾチシズム(異国情緒、異国趣味)が勃興した。アフリカ喜望峰をまわり、インドを経てさらに東へ進み、東南アジア、中国の果てにある日本にたどりついたとき――極東の国、日本への関心はとりわけ高かった。ピエル・ロティの『マダム・クリザンテー厶(お菊さん)』が時代を風靡するベストセラーになり、続いて紀行文『秋の日本』が皇室、鹿鳴館など当時の日本文化を欧米に伝えた。

 海外渡航が難しいこの時代において、画家のゴーギャン、ゴッホ、アンリ・ルソー、理想宮を建てたシュヴァル、作家のルーセルら画壇、文壇の気鋭が親しみ、米国では小説家、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が来日を決めた。帝政ロシア最後の皇帝、ニコライ2世は来日時『マダム・クリザンテー厶』をまね、竜の入れ墨を両腕に入れたという。

 1904年には、これを原形にイタリアの作曲家、プッチーニが『マダム・バタフライ(蝶々夫人)』を初演した。はかなげで今にも壊れそうだが、芯が強く優しい日本女性。そのイメージを、世界の知識階級はクリザンテー厶という言葉から想起するのである。それだけに、『プリンセス・マサコ』の副題は、読者の関心を誘うに足る十分な要素を、内容の荒さとは裏腹に備えているのであった。

 もっと時代を遡れば、マルコ・ポーロの『東方見聞録』が日本を世界に広く伝えた。ジョン・ガンサーの内幕物も耳目を集めた。英国の武道家でBBC(英国放送協会)日本語部長だったトレバー・レゲットの『紳士道と武士道』もよく知られる。世界の人々は、いつの時代もこうしたフィルターを通した形で日本を見つめる。日本に対する理解が深く正確であれば、喜ばしいことだ。だが、内容が不正確で、各国の読者が正しいことだと信じた場合どうなるのだろう。『プリンセス・マサコ』が世界に与える悪影響ははかりしれない。

皇居に真っ赤な鳥居はない

 手に取ると、明白な誤りが随所に目に付く。

 巷間「誤りは百数十カ所以上」「各ページに誤記があるといって言い過ぎではない」と言われる。私が原著初版を手にして気付いた中から、具体例をいくつか挙げよう。

 日本の皇室の宗教は神道であり、皇居には真っ赤な鳥居があるとヒルズ氏は書く。ところが朱の鳥居があるのは街の神社であって、皇居には存在しない。ヒルズ氏は、同じ神道だから皇居にもあると考えたのだろうか。こうした筆致はどう見ても乱暴である。

 怖いのは、こうした誤りも真実の中に埋め込まれると、それらしく見えて信じてしまうことである。ヒルズ氏は「宮中三殿に赤い鳥居がある」という記述とともに、宮中三殿とは賢所、皇霊殿、神殿であると述べ、三殿それぞれの役割と位置関係を解説する。そこに「朱の鳥居がある」とくると、読者は信じてしまう。

 同様に、愛子内親王が試験管ベビーであると断じた根拠として、元東宮職御用掛の堤治氏(元東京大学大学院教授)が人工授精の権威だったからというのも、結びつけるには短絡にすぎる。

 第1章の「皇室の結婚式というより国葬なのではないかと思えた」という表現も、同書のテーマ設定に基づいていた先入観である。ヒルズ氏は、日本中が喜びに包まれたあの日、日本にはいなかった。東京で実際にあの儀式と結婚パレードを見ておらず、日本から衛星中継され、伝送されてきた映像をテレビで見ただけなのである。日本文化の背景取材どころではない。

「皇室をコントロールしているのは、黒衣(くろご)に徹する宮内官僚だ」の1文は、「表」と呼ばれる長官官房と「奥」と呼ばれる侍従職、それに東宮職の役割分担を理解していないことを示す表現だ。黒衣に徹する宮内官僚とは、長官官房ではない、侍従職の女官や侍従を指すのだろうか。実際は、そのような人々だけで皇室を管理しているわけではないのだが、ヒルズ氏はすっかりそう思い込んでしまっている。

 ごく一握りの官僚、つまり東宮職のトップである東宮大夫、東宮侍従長、東宮女官長だけが雅子妃殿下に仕えているわけではないし、ましてかれらが皇室全体を支配しているわけではない。

「マサコは不承不承皇室に嫁いだ」という表現は、ヒルズ氏のオリジナルではない。米誌『ニューズ・ウィーク』が表紙で使った、リラクタントに由来する。日本国憲法第24条には、「婚姻は、両性の合意に基づいてのみ成立し……」とある。最終的には皇太子と小和田雅子さんが双方で合意した上での婚姻だったが、当時、外国のメディアは家同士が婚姻を定める古いイメージのまま論評した。ヒルズ氏はそれをそのまま引用した。

 国事行為に関する部分は、もはや批評の対象にならない。新憲法下での天皇の仕事――つまり憲法第1条がさだめる象徴天皇という地位について、ヒルズ氏は「神の前で行う呪(まじな)い師である」と書く。内閣の助言と承認によって行われる国事行為と、天皇家の宗教である神道行事との混同がみられる。

 天皇の憲法上の地位と宮中祭祀については、日本国憲法を一読すれば明らかである。宮中祭祀は私的なものであり、公務とは異なる。生身の体、人間としての天皇は1人だが、公的なものと私的なもの、その中間のものについては、現代日本社会において法律上明確に区別されている。これを主題とした皇位論だけでも、分厚い1冊の専門書が完成しよう。これを「呪い師」の一言でくくるヒルズ氏の理解の度には宮内庁は仰天したのではないか。

「皇太子の弟、秋篠宮はプレイボーイである」と断定する論拠はいったい何だろう。お付き合いを重ねた紀子妃殿下と婚姻され、一男二女の家庭を築いておられ、悠仁親王殿下のご誕生を日本国民が心から祝福した現実に逆行している。

「結婚式の夜、スズキ・キズオ東宮侍従夫妻が餅を寝室に運んだ」。これは、2人の寝室に餅を飾って幸せな結婚を神に祈り、皇室と国民の繁栄を願う三箇夜餅(みかよのもち)の儀のことなのだろうか。鈴木菊男東宮大夫のことだと思われるが、肩書きも名前も誤っている。東宮大夫が東宮侍従夫妻となり、菊男氏はキズオとなっている。キズ? 傷? いかに配慮がないか日本の読者には分かるだろう。

「東宮妃のプリンセスは適応障害と病気にかかって今年4年目になるが、その間に、病状は通常とは違った深刻な状態である。自殺、離婚を考えたようだ」。これも事実ではない。

 昭和天皇のお名前「ヒロヒト」と今の陛下のお名前「アキヒト」を逆にしているくだりもある。

 年号の誤りも、目を覆うばかりだ。毎年刊行される『宮内庁要覧』巻末の年表には、慶応3(1867)年以後、平成に至るまでの皇室のエポック・メイキングな(時代の転換点の)出来事がまとめられている。ところが、ヒルズ氏はこうした基礎資料にあたっていない。大正天皇の即位の年が違う。昭和天皇のお誕生の年と勘違いしたのか。それとも明治天皇崩御の年と混乱したのだろうか。

 天皇が崩御した後、直ちにバトンタッチするのを「践祚(せんそ)の儀」という。新しい天皇として儀礼的に行う「即位の礼」は、1、2年を経て行われる。践祚の儀と即位の礼でも、ヒルズ氏は混乱しているようにみえる。

 どうも、明治45年と大正元年が同じ年であることを分かっていないようだ。最近でいえば、1989年1月7日に昭和天皇が崩御した。この年は平成元年である。元年は1年である。大正天皇は12月25日に崩御、残された年はわずかであり、新年を迎えた。そうしたことへの知識の欠如が混乱の要因となっている。

 明らかに誤った年号の中には、どこからその数字がでてきたのかさっぱり分からない年号もある。さすがに、例えば明治50年代などとあれば日本の人々は気付くだろうが、欧米の人々は違和感なく受け入れることだろう。

 私が疑問視するのは、この本が抱える問題とは、単なるミステイク(誤り)ではなく、日本の皇室に対する真の背景理解ができていないことによる無数の誤りなのではないかということだ。

 内容は、噂ベースの話を、きちんと取材・検証もしないでつないだものであり読むに堪えない。事実無根ということは誤りであり、誤りに基づいたコメント、解説というものは、少なくともジャーナリズムでは成り立たない。

 離婚についても、ヒルズ氏は皇室会議で正式に論じたと誤解している。

 皇室会議は、皇族2方、衆参両院の議長・副議長、首相、宮内庁長官、最高裁長官、同判事で構成される。最近、皇族議員に常陸宮ご夫妻が選ばれ、予備議員に三笠宮妃百合子殿下と、秋篠宮殿下が選出された。

 この会議が、離婚を議題に開かれることはまずない。皇位継承の順序変更、立后と皇族男子のご婚姻、皇族の身分の離脱といった重要な事柄を審議する。ヒルズ氏は、開かれていない皇室会議の審議の内容をつづっている。

両陛下は40年以上ハンセン病に関わってこられた

 こんなに誤りがあるとは、不思議である。

 講談社は、原著をある有力新聞社で長年皇室を担当する記者に示して見解を問うたという。記者はあまりの内容に驚き、「これが各国で出版されたらどうなるのか」と案じた。それがいま現実に進行している。

 宮内庁と外務省が異例の抗議をしたのは、第1に皇室への侮辱、第2に日本の読者に与える影響を考えたからである。それぞれが内閣府と協議を重ね、外務省はオーストラリアの上田秀明大使に公電を打ち、「皇室を侮辱している」と抗議文を発出した。「噂や報道、関係者と称する人物のコメント等を無責任な形で引用」「愛子内親王殿下の御誕生や皇太子妃殿下の御体調に関しても非礼な内容」と手厳しい。

 さらに、「着物を女性の従属の象徴であると紹介したり、日本の政治制度を欧米スタイルのいじけた猿真似であるとするなど、欧米諸国に比べて遅れた劣った存在であるというゆがんだイメージで描いて」いると指摘、日本国の象徴である天皇陛下をはじめとする皇室の方々、さらには日本国民を侮辱することは、「わが国政府としては、これを断じて看過することはできない」と述べた。

 宮内庁も、当時の侍従長が筆者に書簡を書き送った。渡辺允(まこと)前侍従長は、「両陛下の側近にお仕えしている立場から、明らかに事実と異なる一つの箇所にしぼって、問題を想起します」とハンセン病に関して事実の相違を指摘した。

 ヒルズ氏は「天皇には、年間1,000件以上の公務があると言われるが、いずれも当たり障りのない行事への、負担のない形式的な出席ばかりである。日本の皇室が、ダイアナ妃による……レプロシー・ミッション……への支援のような議論を呼ぶ事柄に関わることはあり得ない」と断定している。

 渡辺前侍従長は書函の中で、レプロシー・ミッション、つまりハンセン病問題に関して、天皇、皇后両陛下が40年もこの問題に関与した事実を縷々説明した。両陛下が、全国各地に13ある療養所のうち、青森、群馬、東京、岡山、鹿児島、沖縄等9箇所を前年までにお訪ねになっていること。1日をかけて島にある2つの療養所をお訪ねになったときの入所者との交流。沖縄では、入所者がお帰りになる両陛下を沖縄の伝統的な別れの歌を歌ってお送りし、後に天皇陛下は沖縄特有の定型詩を読んで感謝の詩をお送りしたこと。それは、陛下がさきの大戦で唯一地上戦が行われた沖縄の人々を理解する一助として、沖縄の古典文学を学ばれてきたことに由来すること。「すべて報道され、記録されている」として、ヒルズ氏に質問し、回答を求めている。

 同書には、プライベート写真を含む写真32点が掲載されており、その半数以上が宮内庁提供だ。ヒルズ氏は申請時、同書が中傷的な内容を含まず事実関係を正確に書くことを確認する署名文書を提出した。しかし、それについて氏は「私はだれかを中傷する内容がないことを宣誓した。幸い、それらの言葉になんら定義はなかった」と同書に書いている。上田大使はこの報道姿勢に対しても、「約束を平然と反故にするばかりでなく、誠実に対応した宮内庁を揶揄したりすることは良識ある者がとるべき態度ではない」と謝罪を要求している。

 同書は、雅子妃殿下の伝記の体裁である。伝記とドキュメンタリーの差異はさまざまな意見があるが、どちらも事実に基づいていることが第1に求められる。事実に基づかない記述と断定は、日本として、どういう形式であろうと見逃すわけには行かなかったのだろう。ヒルズ氏はこれに対し、「日本の検閲と戦おう」と強弁する。

 時代は移り行き、国民の考え方も変遷することを天皇、皇后両陛下は理解されており、常に「世界の平和と国民の幸せを願い、国民と苦楽を共にしていく」と話されている。日本の皇室が永遠に変化しないと考えるのは困難である。ところが、同書が論じる内容は、それ以前の事実認識の問題なのだった。

 いったい、これが書籍と言えるのだろうか。

 はじめに翻訳を手がけた講談社は、筆者と連絡を取り合い、修正をはかったときく。年号や固有名詞など誤りを正し、事実の裏取りを一行一句について行った。取材対象者にも確認したところ、コメントが誤って引用されたケースが多数判明したという。それでも細かく注釈して「原著にはこうあるが、実際はこうである」と記すことで上梓しようとしたそうだ。

 しかし、ヒルズ氏は頑なまでに修正を受け入れなかったという。1、2カ所の修正に対応したのみで、ヒルズ氏がインタビューで「誤りはあっても大したことではない」と言うに至って、講談社側は信頼関係を築けないとして出版を断念した。政府の抗議とは関係なく、同社の判断だった。

 あるテレビ局にいる後輩がヒルズ氏の妻とされる日本人女性にインタビューした。そのとき、その女性が週刊誌などから集めた噂とも伝聞とも似つかない話を、ヒルズ氏は自ら取材したように記した節が見えたという。親族なので本人が見聞したものと一体としたのだろうか。そうした関係先の1人に、皇室ジャーナリストの松崎敏弥さんがいる。松崎さんはインタビューを受け、正確に話した。ところが本の全体像を知らされておらず、宮内庁、外務省の抗議で同書が内包する初歩的な問題を知ったという。取り寄せ、初めて読んだときの松崎氏の困惑と驚愕は察するに余りある。

真の皇室理解のために

 9月3日、チリのバチェレ大統領が来日し、皇居の宮殿を訪れた際の模様が各紙の第2社会面にのった。天皇陛下が20分ほどバチェレ大統領と語った中で、「日本はチリから銅を大量に輸入しており、宮殿の屋根にもチリの銅が使われているときいています」と竹の間で話されたという。大統領はたいへん喜んだことだろう。こうした、皇室の力は2国間関係のさまざまな場面で発揮されており、政策立案や交渉を伴うキャリア外交を側面から補って余りある。

 ベルギーのボードワン国王崩御間もないときには、当時の紀宮さま(黒田清子さん)がファビオラ王妃陛下に招かれ、スペインの別邸に出かけた。そこで王妃とともにボードワン国王をしのびなら、心に残るときを過ごされたりしている。

 こうした数々の出来事を、ヒルズ氏は目にしなかったのだろうか。雅子妃殿下は英語とフランス語に堪能で、皇太子殿下の傍らで各国の賓客をお迎えになった。ヒルズ氏がこうしたことに着目すれば、もう少し趣の違った書になったことだろう。

 悠仁親王殿下の満1歳のお祝いに際して、天皇、皇后両陛下が宮中独特の御台(おだい)人形を贈られたという報道も、国民の心を和ませた。悠仁さまのお印(高野槇(こうやまき))をあしらった台上に、愛らしい男の子の人形が立ち、秋篠宮殿下が研究されている鶏の親子が飾られている。

 小さい悠仁親王殿下が大きく成長され、人形の由来を知ったとき、両陛下は日本の文化を贈ったのだということをやがて理解されることだろう。なぜ皇室が日本国民から7割を超える支持を得ているのか。ヒルズ氏は、すべての先入観をいったん捨て、事実を見つめてほしい。

 今の陛下は、一般参賀などで記帳所が設けられ人々が住所、氏名など記すと、侍従を通じて取り寄せお読みになる。その中には、かつて陛下のお尋ねにお答えをした人も含まれる。現在は役職を離れ一民間人となっているが、なつかしくて皇居を訪れるという。そして陛下は、「この名は、あのときの方では」と非常に鮮明に覚えておいでだという。

 常に国民の声に耳を傾けておられる天皇陛下が、今回の1件で胸を痛めておいでであることは想像に難くない。

 ヒルズ氏が誤りの指摘を素直に受け入れ、ヒルズ氏自身の筆で取り入れれば、形は違うものになったかもしれない。本人の性格と主張の強さでそれを為し得なかったのは、日本にとって不幸なことであった。


元テレビ朝日 皇室担当記者
かんだ・ひでかず 神田秀一

(略歴)
神田秀一氏 昭和10(1935)年、東京都生まれ。
九州朝日放送を経て、36年NET(現テレビ朝日)入社。
編成局・報道局勤務を経て英国放送協会出向。
53年宮内庁担当、平成7年退社。
朝日新聞テレビ夕刊キャスター、ニュースステーション気象キャスターなども務める。
現在、桜美林大学生涯学習センター講師。
共著に『キャリアを磨く学生のための生活百科』『とっておきの話』など。

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