月刊正論:10月号から  
-------------------------------------------------------------------
産経新聞社「月刊正論」からEISへの提供コラムです。
-------------------------------------------------------------------
   〈サブカルチャーから読み解く〉

  妖怪映画と家族再生
保守には「闇」が必要だ
(P326〜337) 
 
評論家●佐藤健志 


(頁 1・2 次へ
 

 国家や社会をできるだけベストの状態に保つ−−すなわち保守を達成するためには、歴史や伝統など「過去」から受け継いできた知恵や価値観を重んじるべきだと考えるのが、保守主義の基盤をなす発想である。「過去の尊重」というこの考え方は、むろんそれ自体として長い歴史を持っていよう。

 けれども保守主義そのものは、18世紀末になってようやく成立しており、まだ2世紀あまりの歴史しか持っていない。というのもそれ以前には、過去を尊重することこそ、国家や社会の保守を達成する(実質的に)唯一の方法論だったのだ。つまり伝統的な社会では、ほとんど誰もが保守的、ないし守旧的だったわけだが、ならば「過去の尊重」をいちいち主義として掲げる必要もない。

 保守主義を謳うことに積極的な意義が生じるのは、「過去を尊重したりせず、むしろどんどん否定する方が、国家や社会はより良くなる」という左翼的な発想(進歩主義、ないし急進主義)が広まってからのことなのである。この背景には、18世紀後半に始まった産業革命によって世の中の変わるスピードがぐっと速まり、守旧的な姿勢を取るだけでは保守の達成が望めなくなったという事情がひそんでいるものの、くだんのスピードはその後もずっと落ちていないのだから、これは「現在の世界では『過去の否定』自体が、独自の歴史や伝統を持つにいたった」ことにひとしい。

 だがこのような状態においては、保守主義の立場から「過去の尊重」を唱えることも、「(『過去の否定』が持つにいたった)歴史や伝統の否定」という急進的な性格、つまり左翼性を帯びてしまう。「天使を演じようとする者は獣を演じるはめになる」と喝破したのは、詩人のボードレールだったと記憶するが、それにならえば現在の保守派は「保守主義を主張しようとする者は左翼を演じるはめになる」ジレンマに直面しているのだ。

 またわが国で「保守派」というと、「とかく世の現状を憂い、いろいろ批判を加えたうえで、抜本的な打開策の必要性を訴える」イメージが強いけれども、これにしたところで保守派の本来あるべき姿とはかけ離れていよう。国家や社会に関して望ましいシステムを構築・運営するための見識や能力は、いかんせん一代で身につくものではないと見なすのが保守主義の基本的な立場であり、だからこそ過去の尊重を通じて先人の知恵を学ぶことが肝要となる。すなわち世の現状に憂慮すべき点が多い場合でも、いたずらに「改革推進」や「従来の枠組みからの脱却」を主張するのではなく、可能なかぎり既存のシステムを活かすことで対処しようと心がけるのが真の保守派にほかならない。

「合理的な保守」はありうるか

 国家や社会の問題点が何かと気になることにすら、すでに左翼の影響がうかがわれる。左翼的な発想の根底には「人間はその理性的能力を発達させることによって、いつかは理想的(=完璧)な社会システムを築けるはずだ」という姿勢がひそんでいるものの、当の理性的能力を疑ってかかるのが保守主義の大前提ではないか。「世の中には解決不能な問題がいろいろ存在して当たり前」とわきまえて、あまり目くじらを立てないことこそ、保守派の満たすべき条件なのである。

 アメリカの評論家スーザン・ソンタグは、著書『隠喩としての病い』で、関連して示唆深いことを述べている。それによれば人間は歴史を通じ、国家や社会をひとつの巨大な身体としてとらえ、そこにひそむ問題を「病気」になぞらえてきた。けれども、かかる「病弊」が致命的な危機を引き起こすもののごとく扱われるようになったのは、フランス革命(これは社会改革を急進主義的に行おうとした史上初の試みである)をきっかけとしてのことであり、それより前の時代においては、「いかに『持病』を抱えていようと、社会は基本的に健康だ」とする見方が支配的だったというのだ。このような社会観の例として、ソンタグは17世紀末から18世紀初頭にかけて活動したイギリスの思想家、シャフツベリー卿の言葉を紹介する。

「われわれに備わった気質の中には、激しい形で発散するしかない要素も混じっている。精神と肉体の両面で、ときおりキレる方が人間にとって自然なのだ」「かりに医者たちが、つねに平静を保ってキレない人間を作りあげようなどと考え、火山の噴火のような振る舞いでしか解消できない類の気質を徹底して抑えこもうとしたらどうか。おそらくその結果は、われわれにとってプラスになるどころか、とんでもないマイナスとなるだろう。今までなら『季節の変わり目に調子が狂う』くらいで済んだことが、なまじ根絶を試みたせいで『伝染性の強い悪性の熱病』に変化しないとも限るまい。しかるに国家(ボデイ・ポリテイツク)を統治する者にも、これらの医者と似通った行動を取りたがる連中がいる。よせばいいのに、民衆の精神的な暴発を封じこもうと試み、『迷信を一掃して社会的ヒステリーの流行を予防する』などという大義名分のもと、かえって社会の秩序全体を危うくする手合いだ。皮膚に化膿性の炎症がちょっと生じたからといって、治そうと躍起になったあげく、症状をいっそうひどくしたり、致命的な壊疽(えそ)を引き起こしたりするいわれがあろうか」(『隠喩としての病い/エイズとその隠喩』、アンカー・ブックス社版、米国、1990年、78〜79ページ。拙訳。文中のカッコは引用者、以下断りのないかぎり同様)。

「迷信」や「ヒステリー」などの言葉が出てくることに示されるとおり、シャフツベリー卿の議論は、当時の合理主義的な風潮(これは進歩主義の基盤をなしており、したがって左翼思想の先駆けと評しうる)への批判を意図している。あわせて注目されるのは、彼の主張が「『国家や社会をできるだけベストの状態に保つ』ことと、『国家や社会からあらゆる病弊をなくす』ことはイコールではない」とする認識のうえに成り立っている点といえよう。後者を実現することは人間には不可能なのであり、無理に達成しようと試みたら最後、世の中の状態はむしろ悪くなってしまうのだ。20世紀における全体主義や社会主義の失敗は、この認識の正しさを雄弁に物語る。

 だとすれば「世の中には解決不能な問題がいろいろ存在して当たり前とわきまえて、あまり目くじらを立てない」という、先に述べた保守派の条件にしても、「保守を達成するためには、『非合理の必要性』とも呼ぶべきものが不可欠であることを受け入れる」と置きかえられる。物事はすべて合理的に割り切って構わないと見なしたら最後、「人間は理性的能力を発達させることで完璧な社会システムを構築できる」とする発想を疑う根拠もなくなり、保守派は「保守主義的なスローガンを叫ぶだけの急進主義者(=左翼)」へと変貌するのである。もとより近代的な産業文明のもとで生きているわれわれにとって、合理主義を捨て去ることも不可能にしろ、合理的に行動しなければならないこと自体をおのれの限界とわきまえる柔軟さを持たぬかぎり、保守も何もあったものではない。

 20世紀前半のフランスを代表する劇作家であり、外交官でもあったジャン・ジロドゥは、代表作の1つ『間奏曲』(1933年)で、このような「合理性と保守のジレンマ」の構造をみごとに描きだした。同作品は、さる田舎町に幽霊が出没するという設定のもと、幽霊の存在を積極的に受け入れようとする若い女教師イザベルと、周囲の人々の行動を描いている。ところが幽霊が現れるようになってからというもの、町全体の現実が奇妙に変わりだし、「文明社会の基礎をなすすべての原則」が崩れかかるのだ。どんな調子に崩れるのか、戯曲の台詞を少し引用しよう。

「この前の日曜に月例の富くじの抽籤(ちゆうせん)をしたのですが、一番大きい賞金をひきあてたのが、なんとこの町で一番貧乏な町民でございましてね、いつも当選している百万長者のデュマさんじゃございませんでした、(中略)それにまたオートバイを当てたのが、若いオートバイのチャンピオンと来ておりましてね、いつものように修道院の女院長さんじゃございませんでした」

「(国が人口調査を行った際も)みんながあんまり極端に、あつかましいほど本当のことを答えてくれたものですから、まるで政府に対する侮辱のような結果になっています。(中略)神経衰弱にかかっている金持は自分はあばらやに住んでいると書き込み、貧乏人どもは自分は御殿に住み幸福に暮していると書き込んでおります」(『ジロドゥ戯曲全集』第2巻、白水社、1957年、191〜193ページ。西村熊雄・梅田晴夫訳)。

 幽霊という非合理にとりつかれたおかげで、町ではあらゆることが完璧な状態になってしまったのである。これをさらに強調すべく、ジロドゥは劇に「視学官」なる人物を登場させた。一切の非合理を撲滅することに執念を燃やすこの男、超常現象が起きたと聞くや否や、頼まれなくとも現場にやってくるのだが、町の置かれた状態を「人間の自由を否定する」恐るべき危機と見なし、合理主義と文明の進歩を讃える大演説をぶつことにより、幽霊を退散させようと試みる。

「人類は18世紀にいたって、地獄の業火というものを信じぬようになった。しかしその10年の後に、人類の発見したものは、蒸気とガスである」(284ページ)という具合なのだ。視学官はつづけて、幽霊を信じなくなったとき人間は電気を発明し、神の声を信じなくなったとき電話を発明したのだと述べ、こんな言葉で演説をしめくくった。

「(いずれ文明は)この地上より妄想と無意識を一掃し、海を底の底まで透明にし、(とかく超自然的なものを信じたがる)少女たちにようやく道理にかなった言葉を語らせ、夜を、いいか幽霊よ聞けよ、あの夜を真昼に近いものとするであろう」(284〜285ページ)。

闇を体現する者たち

 視学官の大演説は空振りに終わるものの、幽霊の存在を受け入れようとしていた女教師イザベルが、町の若い役人の求婚に応じたせいで幽霊は消滅する。結婚して家庭を築くことは、(合理主義を基盤とする)社会の秩序にたいし、自分を本格的に組みこんでゆくことなのだから、そうなれば非合理との接点は失われるのである。

 むろん幽霊の世界にあまり深く入りこめば、今度は現実世界で生きられなくなろう。消滅する寸前、幽霊はイザベルを抱きしめるのだが、彼女はそれによって仮死状態に陥り、集まった町民たちから口々に語りかけられることで、やっと現世に引き戻され、息を吹き返す。けれどもイザベルが復活するや、非合理が追放された当然の帰結として、町の状態は元に戻ってしまう。

 すなわち富くじの抽籤を行ってみると、町一番の金持ちが一等に当たり、オートバイは足の不自由な障害者に当たる。視学官はその知らせを聞いて、正常な秩序が甦ったと万歳を叫ぶものの、ここに人間の限界に関する皮肉とあきらめがこめられているのは疑いえまい。いくら合理的に振る舞おうとしても、人間には理不尽な出来そこないの秩序しか作れないが、人間が人間であるかぎり、そんな秩序の中で生きてゆくしかないのだ。

『間奏曲』なる題名は、「一人前に成人したものの、まだ結婚するにいたっていない若い女性は『人生の間奏曲』と呼ぶべき時期を過ごしている」という意味に解される。しかしこれは「世の中のあり方は、ベストの状態でも理想とは程遠いものにすぎず、物事が完璧になりうるかのように見える瞬間があるとすれば、それは人間界の秩序が一時的に否定された『現実の間奏曲』と呼ぶべきものなのだ」という意味にも解されねばならない。いわばジロドゥは、非合理を受け入れなければ保守を(完全には)達成できないにもかかわらず、合理性に頼らないかぎり(=非合理を排除しないかぎり)社会秩序を構築できないことの矛盾を、ファンタジーの形式を利用して巧みに語ったのである。近著『本格保守宣言』(新潮新書)において私は、保守の達成にも限界があると悟るのが真の保守派だと指摘したが、これとて「非合理を受け入れる必要性と、非合理を排除する必要性とを、ともにわきまえるのが真の保守派だ」と言い換えられよう。

 興味深いことに、『ゲゲゲの鬼太郎』で知られる漫画家の水木しげるも、著書『水木サンの幸福論 妖怪漫画家の回想』(日本経済新聞社、2004年)の中で、これに通じる主張を展開した。彼は幸福になるための条件として「目に見えない世界を信じる」ことを挙げ、その理由をこう説明する。

「世の中には『見える世界』のほかに『見えない世界』が広大無辺に広がっているのです。そこには『目に見えないもの』がたくさんいます。水木サンの目にも見えないけれども、感じます。確かに蠢(うごめ)いているのです。地獄や極楽、妖怪、精霊、憑き物……。すべて、目には見えないものです。その代表である妖怪たちは、電灯やネオンの光に棲み処を奪われて絶滅の危機に瀕していて、現代人はその存在を忘れ去ろうとしています。これは大いに問題です! いろいろな文献を読むと、かつて妖怪が盛んに活動していた昔は、現代にはない充実感のようなものが山野に満ちあふれていたようなのです。その存在感が薄れるとともに、人間はつまらなくなったようです。(中略)何でも合理的にしてしまうと、人間は満たされません。世間に流布する認識能力や価値観ではつかまえきれない、さまざまなことがらが解明されれば、必ずや人類の幸福に貢献するはずです」(20〜21ページ)。

『間奏曲』の視学官も、文明の目標は「夜を真昼に近いものとする」ことだと説いたが、ならば「非合理の必要性を受け入れる」とは「闇の必要性を受け入れる」ことを意味しよう。片やわが国において、妖怪はまさしく「闇」を体現する存在なのだから、「闇の必要性を受け入れる」とは「妖怪と共存する」ことにひとしい。しかし注意すべきは、闇の本質が非合理である以上、闇や妖怪のあり方を合理的に説明しようとしては元も子もなくなる点である。

「目に見えない世界」の解明が人類の幸福に貢献するという水木の主張は、その意味で潜在的な矛盾をはらむ。くしくも本年公開された実写映画版『ゲゲゲの鬼太郎』(本木克英監督)には、これを裏書きするかのごとき描写が登場した。同作品の妖怪たちは、「墓の下倶楽部」なるダンスクラブ(名称通り墓地の地下にある)に夜な夜な集まっては踊り明かすものの、ここでは人間界のクラブ同様、ゾンビのバンドがエレキギターを弾き、妖怪のDJがターンテーブルの前に詰めている。

 しかるにこれらの機材を動かす電力がどうやって供給されているのか、映画には何の説明もない。だいたい電気こそは、人間が幽霊の存在を信じなくなることと引き換えに発明したものであり、妖怪を絶滅の危機へと追いやる元凶でもあったのだから、「墓の下倶楽部」の設定は妖怪の否定に通じる。妖怪が人間の娯楽に憧れ、それを直接的に模倣するという発想とて、彼らが「世間(=人間界)に流布する認識能力や価値観ではつかまえきれない」存在である点を無視したものではないだろうか。映画版『ゲゲゲの鬼太郎』は、かなりの予算をかけた大作でありながら、妖怪の造型に総じてリアリティが欠けていたが、これも同作品が「人間の尺度でしか妖怪をとらえられない妖怪映画」にすぎない証拠といえよう。

 ただし近年のわが国では、妖怪にたいする真の思い入れのこめられた映画も製作されている。くだんの作品とは、原口智生監督が2000年に発表した『さくや妖怪伝』と、同監督が3年後に発表した『跋扈(ばつこ)妖怪伝 牙吉(きばきち)』にほかならない。もともと特殊メイクの専門家である原口は、劇中に登場する妖怪の大部分をみずから造型しているものの、彼らをたんなる作り物ではなく、自分のスタジオ「中洲プロ」所属の俳優と見なし、映画のクレジットでも出演者の項目に「河童、女郎蜘蛛、怨霊武者、般若」などと名を連ねさせたほどであった。そしてこのような愛着ゆえであろう、両作品は「社会の保守に関して闇や非合理が担う役割は何か」という点をめぐる鋭敏な考察ともなっているのである。


(頁 1・2 次へ
 
 ←「正論」購入を希望される方はこちら(送料無料) ===================================================================
  このコラムは、隔週火曜日に更新予定です。 ===================================================================

Copyright©EIS,Inc.2007 All rights reserved.