月刊正論:8月号から  
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産経新聞社「月刊正論」からEISへの提供コラムです。
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  「あり得た歴史」を考える(P44〜45) 
 
軍学者●兵頭二十八 


 


 ワシントン条約(1922)とロンドン条約(1930)からなる、日本を巻き込んだ第一次大戦後の多国間海軍軍縮を、アメリカ合衆国は、主導すべきではなかった。

 米国人は、ギリシャ人の知恵を想い出し、大国同士の戦争がありえなくなったなどとは夢想せずに、ユニラテラル(単独強行的)な無制限海軍軍拡を、あくまで推進すべきであった。

 すると何が、その後の世界に起きたろうか?

 平時の「軍事ケインズ主義」(そのような概念はもちろん誰も教説化していなかったが)に、英国や日本も追随することになる結果、1939年以前の世界恐慌は回避されただろう。したがって、ソ連の外部に共産主義が流行する度合いは、ずいぶん寂しいものとなっただろう。共産主義へのアンチたる国家社会主義(ナチズム)も、勃興はしない。

 海軍軍拡と航空軍拡が追求される過程で、日本の産業構造は脱農業化し、貧農はほぼ一掃されたろう。陸軍の皇道派(農本主義&大規模常備歩兵軍主義)の出番はなくなり、そのアンチたる陸軍統制派(官僚共産主義)の株も、上がりはすまい。

 動員基盤が脱農業化していない国軍は、1回でも予備役動員をかければ、農村の不可欠とする労働資源をとりあげることによる数年間の銃後のダメージと精神的痛苦を我が事として自覚しなければならない。補償として、外征作戦の終了後も、敵地・敵産権益の占有永続を政府に強く求める声が、優勢となる。その構造が、戦前の日本の対大陸の軍事外交を硬直化させたのであるが、さような不都合も消散したろう。

 GNPが、ざっと米国の10分の1でしかなかった戦前の日本国は、いかに自由に軍艦を建造したところで、対米四割以上の海軍力を維持することも、到底できはしなかった。さすれば、熱狂しがちな国民も、純然自衛的な日米戦争しか、想像はできなくなったろう(愚生は神奈川大学英語英文科の学士の分際をわきまえずに渡部昇一教授におうかがいをしてみたい。マッカーサーは、日本の行為が「セルフ・ディフェンス」だったと認めたことはないのではないか? 国際法の通念に無頓着な日本人官僚の造語であった「自存自衛」を「セキュリティ」と意訳して把握したのみではないか、と)。

 国家総力戦時代より前の憲法であった大日本帝国憲法は、また改正規定が硬性に過ぎるために、閣外の参謀本部による狭義の「統帥」の上に、内閣総理大臣による広義の「戦争指導」を明白に置くという改正が、第一次世界大戦で複数の立憲君主制が崩壊・断絶したのを見たあとでもなお、し難かった。加えてまた、過去の藩閥人事横行時代からのいきがかりから、政党人には、内務省(警察)の武力強化によって武官組織の暴走をチェックさせるという発想も、支持できなかった。苦慮した宮中と文官と議会は、陸軍権力のチェック役を、海軍省に期待するという過誤を犯す。かくして古今東西に例がなく、国家の自殺を招くにきまっていた「統帥二元」が制度化されて、陸軍参謀本部と海軍軍令部は、互いに相手の国防策を否決し合った。国家予算の半分以上を思うままにできた2つの武官組織の思惑が一致可能なのは、対英米蘭同時の奇襲開戦(=侵略)だけだった。

 もし米国がベルサイユ講和後に無制限海軍軍拡を続行していたら、過去の日本人は、より合理的に行動したかもしれない。その「あり得た歴史」を不可能にしたのは、英国の動きだった。

 世界経済内に占める地位が下がる傾向を止められなかった英国は、第一次大戦後、海軍兵備における対米互角を、無制限競争の中で維持できないと覚る。それでももし、米国の一極世界制覇を止めたく思ったならば、日本との軍事同盟を続けることになるが、日本には、西欧やインド周辺に200万もの陸軍部隊を送って英国を助ける能力はない。自国が最初にこじあけたシナ市場を日本に進上する気は、英国人にもなかった。かたや米国人は、共和党、民主党を問わず、英国のインド支配を不快と感じていた。英国経済の命綱たるインド市場を、ロシアから防衛することはできても、米国の圧力から防衛することは難しい。かくして、平時の英米同盟が成ったのが、ワシントン海軍軍縮会議である。

 英帝国の必死の延命工作が、アメリカをして、英国以外の誰の得にもならない多国間海軍軍縮条約を推進させた。その結果、世界恐慌が生じ、英米が相互にブロック経済を承認し、日本は軍事ケインズ主義に反した弾薬消耗(支那事変)にはまって脱農業化が遅れ、第二次世界大戦が起こり、ソ連の地位が躍進することになった。


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