月刊正論:7月号から  
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産経新聞社「月刊正論」からEISへの提供コラムです。
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   あえて問う! アメリカ人は原爆投下についてどう教えられているか

  慰安婦対日非難決議の前に自らを省みることはないのか (P106〜116)
 
国際問題評論家●わたなべ・みのる 渡邊 稔


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 米国では慰安婦をめぐる対日非難決議案が連邦議会下院に上程されている。

 日本は毅然として不当な決議に対して、声を出して反論するべきとの警鐘が各方面から鳴らされていたが、安倍政権は慰安婦の募集に「官憲などの加担」「甘言、強圧」などがあったとした1993年の「河野官房長官談話」を踏襲する姿勢を明らかにした上で、4月末の訪米に臨んでしまった。

 仮に日本にとってこうした不当な決議が可決されるのであれば、米国には恥じるものはないのかと問いたい。日本占領下の米軍兵士のために慰安所を作らせたのはなんだったのか。原爆投下、東京大空襲などの無差別爆撃、無差別殺戮は許されるものではない。まして、原爆投下などを正当化する教育を今なお行っている事実は広く日本人が認識しておく必要があると考える。

 日米同盟が現状において重要であることは間違いない。しかし、同盟関係とは未来永劫のものではないと歴史が教えている。また独立国である以上、独立国としての矜恃を保ったうえで、同盟関係は成り立つ。不当な慰安婦決議などを見ていると、こうした軽はずみな決議が日米関係にどれほどの禍根を残すか計り知れないと実感する。米国は自らの軽挙を正しく認識すべきであり、日本国民も慰安婦決議の重大性を認識するとともに、いたずらに感情的な反撥は愚かであることを理解しなければならないだろう。

 本稿では、独立国の誇りを平然と傷つける慰安婦決議に注目しつつ、今なお米国で展開される戦争教育、原爆教育の実情を見ることにする。

追い詰められた日本

 まず、多くの報道がなされている日本糾弾の決議案とそれをめぐる動きについて少し整理してみよう。民主党のマイク・ホンダ下院議員ら7名によって米下院外交委員会へ本年1月末に提案された決議案は「日本軍が強制的に性的奴隷化」「日本国政府による強制的軍売春」「輪姦、強制的中絶が含まれるかつて例のない20世紀最大の人身売買事案の1つ」などとなっており、「性奴隷」という言葉と慰安婦の扱いはすべて暴力によると強調しており、兵士と慰安婦間の通常の金銭授受が想像し難い内容である。

 問題は1月末提出の決議案審議に使われた資料だ。2月15日の米下院公聴会では、「韓国済州島での日本軍による女性の強制徴用」がとうの昔に歴史家の秦郁彦氏によって偽証と判明している「吉田清治証言」を根拠に米議会調査局が作成した06年4月1日付報告書が参考資料として使われたという。韓国や中国の主張に沿った決議案自体が信頼性に欠けているのに加え、米議会調査局までもがその主張を支援していたのだ。

 ところが同調査局は4月3日になって報告書の改訂版を発行し、吉田証言を根拠に作成した部分を削除し、これに加えて「日本軍による組織的、政策的な強制徴用はなかった、とくに朝鮮半島ではそうだった」という趣旨の見解を示し(産経新聞4月12日、同13日)、180度の見解の転換をした。なぜこのような転換を1年後に行ったのか、その理由は定かでないが、あまりにも日本を倫理的に追い詰めることは日米同盟にとって好ましいことではないと、日
本糾弾決議案に難色を示す共和党議員が資料の見直しを要求した可能性も否定できない。

 2月15日の米下院公聴会が開かれた後の3月1日に、安倍首相らが強制徴用に異議を唱える発言をした。河野談話を引き継ぐと宣言した後であったから、首相は一連の発言の「矛盾」を突かれた。首相の発言の一部は「徴用にはいかなる軍の強制もなかった」と受け取られ、安倍は二枚舌だ、軍の関与を全否定したと海外の有力紙が非難の集中砲火を浴びせた。しかも四面楚歌の状態のまま首相は首脳会談のため訪米をし、ブッシュ大統領との共同記者会見の場では、同大統領に「首相の謝罪を受け入れる」と世界に向けて発信されてしまった。

 この間の欧米マスコミの論調はまったくの非難の嵐だった。特にリベラル系の有力紙から、日本はメッタ切りにされた。以下に、3月27日付産経新聞から抜粋すると、
《「日本軍の性奴隷」の背景となる事実は論争の余地がない。軍は自国の植民地から力を用いて女性を集めた。兵士に性的サービスを提供する場所を設置したが、商業的売春宿ではなかった。そこではレイプの連続であり、売春ではなかった(米ニューヨーク・タイムズ)。前線に置く性的奴隷のための施設を参謀本部が許可し、野戦場の売春宿に送り込むために、数万人(歴史家によると約20万人、大半が韓国女性)が強制連行され、売られた。多くの慰安婦が劣悪な取扱いに耐えきれず死亡し、多くが自殺した(仏リベラシオン)。明らかに証明され、明白になった犯罪について、かたくなに嘘をつき続けても平気な大人がいる(オーストリアのプレッセ)。正義は実現されるべきだ。近隣アジア諸国にとどまらず、同盟国たる米国の信頼も失った(米ボストン・グローブ)。かつて天皇の名の下で行われた犯罪行為に対し、天皇は謝罪を述べることができるはず。戦時中の行為を全面的に認めない日本の態度は、日米同盟の潜在力の足かせ(米ロスアンゼルス・タイムズ)》といった具合で、とうてい同盟国などのマスコミとは思えない主張だ。

 米国は原爆投下に謝罪していないし、エリザベス女王もインド訪問はしても植民地支配で富を収奪したことを謝罪していない。それなのに交戦国との講和条約や非交戦国とは講和条約に準ずる条約を結び、直接的な賠償金を支払ったり、経済援助の名の下に実質的な賠償を行って国家間での争いを水に流した日本が、なぜこうも執拗に、それも感情剥き出しになった相手から責められなければならないのか。今回の日本を非難する欧米マスコミの論調を拾ってみる限り、頭から日本がすべてにおいて悪いと決めつける歴史観のもとに日本の倫理の低さを攻撃している。裏返せば、高い倫理を持った自分たちが野蛮な民族を教育してやるといった構図である。

いつの日か反論のために

 こういった状況を打破するにはどうしたらよいか。重要なヒントが前掲の産経新聞4月12日付記事の中にある。米議会調査局が4月3日に公開した報告書改訂版には、決議案の日本側へのこれ以上の謝罪要求に懐疑を示し、政府間ではすでに対日講和条約や日韓関係正常化で解決ずみであるのに、もし諸外国が日本にいま公式の賠償を求めれば、「日本側は戦争中の東京大空襲の死者8万人や原爆投下の被害への賠償を求めてくる潜在性もある」とも指摘した、というくだりである。米議会調査局が懸念を抱いて発言するということは、裏返せば日本には発言する権利があると認めているようなものだ。

 一般市民を大量に殺戮した米国の行為を非難するカードを用意しておいて、いざとなったら使うぞと仄めかしておくべきなのである。日本はこれまで講和条約の締結という事実に遠慮して、米国の非道行為を正面切って非難することはなかった。だが安倍政権になって流れは変わっている。『政府は3月23日の閣議で、昭和20年3月10日の米軍による東京大空襲について「当時の国際法に違反して行われたとは言い切れないが、国際法の根底にある基本思想の1つたる人道主義に合致しないものだった」とする答弁書を決定した(産経新聞3月24日)』というように準備を行い始めている。

 また、昨秋の北朝鮮の核実験後、米国の核の傘への依存に代わる自前の核武装論議が起きかけた。武装する、しないは別として議論自体は普通の独立国ならば当然だが、肝心の同盟国米国が核武装についてどのように考え、また過去の原爆使用をどう国民にあるいは学校教育で教えているのか、我々は正確に知りえていない。

 そこで筆者は米国の小中高生用の歴史教科書を集めて重要な部分を分析してみた。当初の目的は米国の原爆攻撃を糾弾することではなく、投下の背景を明らかにすること、その延長線上としての現在に至る米国の武力行使を支える覇権教育戦略を読み取り、それと対比される日本の教科書の問題点を考えることだった。これをまとめたのが拙書「アメリカの歴史教科書が描く『戦争と原爆投下』(明成社)」である。あまり聞こえてこない米国民の原爆投下に対する意識がどういうものであるか、歴史教育の実態を知れば想像がつくというものだ。

 筆者がこれまで各種資料を検討して見えてきたものは、米英が示す傲慢さの基盤が「絶対神」を奉じる異教蔑視の宗教にあり、また近代史を重ねる過程で人種意識が育まれたことが核心であった。慰安婦問題に口を開けば有無を言わせないほどに非難の嵐を浴びせることもこの流れに沿っている。対日非難と同様、トルコに対しても現代の倫理を振り上げて、90年前のオスマン帝国時代におけるアルメニア人虐殺を非難する決議案が民主党によって米議会下院に出されているのも同じ流れなのである。もっともトルコは、米国にとって対イラク戦で重要な同国内の軍事基地使用の拒否をちらつかせるなどして、安保カードまで含めた軍事・外交の手段を行使することも厭わず、初めから国家をあげて猛反撥している。独立国家としてむしろ当たり前
の反応である。

 もう1つの重要なことは、米英が示す傲慢さの裏側には日本が報復するのではないかという懸念が横たわっているということである。日米安保条約は以前、在日米軍を置くことで日本の軍事力の復活を抑止する「ビンのふた」論に例えられていたが、今でも日本からの報復についてはっきりした考え方の表明が無いこと自体、欧米は不気味に思っている。米軍の無差別攻撃で自国の非戦闘員をあれだけ殺戮されたら、普通の国家は復讐のエネルギーを溜めているだろうと思うのが自然な感情であり、世界の常識でもある。実際、05年に公開された英外務省機密文書によると、1975年に英政府が「日本の核の潜在能力」で大騒ぎをしていたし、米国外交に今でも影響力のあるキッシンジャーの懸念を伝えている次のような最近の報道では『フォード米政権当時のキッシンジャー国務長官が、1974年にあちこちの首脳と会談しては、核兵器を製造し爆発させた国だけを「核保有国」と定義している核拡散防止条約(NPT)の枠組みの範囲内で、日本が核実験をしないまま「多数の核爆弾」を獲得する可能性に言及し、日本に対して根深い不信感と警戒感を抱いていた(産経新聞07年4月7日)』とある。このように、我々日本人が想像だにしていなかったことが米国政府首脳にとっては心配なのである。ちなみに、知人がある米軍人から、日本人には復讐したいという気持ちは無いのかと訊かれ、「ある」と答えると、それを聞いて安心したと応じたという。つまり、節度ある言葉の逆襲を遠慮することはないのだ。

 
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