「団塊の世代」の老後を描く
「光と影」の2大特集
いよいよ「団塊の世代」が退職するというので、テレビや新聞で「団塊の世代」特集が多くなってきた。雑誌でも『現代』5月号が「永久保存版『団塊の達人』養成講座」と銘打って130ページもの大特集を組んでいる。また、『文藝春秋』五月号もタイトルは「衝撃の予測 10年後の『人口減少社会』」だが、モデルとして登場するのは典型的な団塊の世代で、これも「団塊の世代」特集といえるだろう。
前者は、冒頭に内田樹氏の「目覚めよ団塊!」をもってきているが、実際には年金・退職金・保険の運用が中心で、温泉旅行の案内までついた〈賢く豊かに生きる〉ための「実益特集」だ。いっぽう後者はタイトル通り、暗いトーンで団塊の世代の10年後をシミュレーションしている。団塊の「光と影」といえそうだが、いずれにせよ団塊の世代にとっては納得のいくものかもしれない。
しかし、私のように団塊の世代でない者にとっては、いかにも団塊の世代を対象にした特集らしく「自己完結」してしまっていて、肝心のことが語られていないという印象が拭えないのである。
第1に、いずれの特集でも、団塊の世代というのは、あたかも「被害者」であるかのような捉え方がされているが、このままでいけば、この世代の人々は後続世代に比べれば、それほど悲惨な境遇であるとはいえない。いや、それどころか十分に日本の繁栄を満喫した世代とすらいえるだろう。
たとえば、年金について考えてみても、悲惨なのは団塊の世代ではなく、それ以降なのだ。厚生年金給付額が保険料負担額の何倍になるかの試算は、厚生労働省も発表しているが、これは事業主の拠出や、運用利回りについての計算で問題がある。そこで年金の専門家・高山憲之氏によるシビアな試算でみると、1945年生まれの人は1.6倍、1955年生まれの人が1.1倍とかろうじてプラスだが、65年生まれは0.95倍とマイナスに転落、85年以降は0.8倍にまで下落してしまう。
35年生まれの3.2倍と比べれば、団塊の世代が「俺たちは年金で割りを食う」と思うのも分からないわけではないが、団塊の世代はプラスの領域にすっぽりと収まり、本当に「割り」を食うのは団塊の世代以降なのだ。団塊の世代は親の世代が復興させた日本経済の享受者であり、子供の世代に部分的に支えられて比較的豊かな老後をおくるのである。
第2に、いずれの特集でも団塊の世代がこれから果たしうる貢献については、あまり述べていないことだ。かろうじて内田樹氏がここからは〈少数者向けのメッセージ〉と断って、〈社会を下支えしているのは、自分の利益にはならないけれど、みんなの不幸を少しだけ除去することのできる「雪かき仕事」〉であると述べ、〈全人口の7%〉が「雪かき仕事」を決意すれば世の中は変わるとはいう。
また、内田氏は、団塊の世代のなかから〈いま急速に階層化がすすむ日本社会に対して「NO」を突きつけ、まったく逆方向の価値観へと飛躍できるリーダーが生れてほしい〉とエールを送っている。しかし、この談話全体を通して、団塊の世代は〈私利私欲〉で〈クレバーな人間〉であろうとし続け、子供たちを同じ思想で育ててしまったと論じているのだから、どこまで本気なのか分からない。
ないものねだりになるが、これから必要なのは、「団塊の世代」という現象を「自己完結」的にではなく、日本社会全体で見直してみることではないだろうか。恐らく団塊の世代は、これまで染み付いた価値観や行動パターンを、払拭することはできないだろう。その上で日本社会の試練を構造的に描き出し、摩擦が少しでも緩和できる方法を考えるべきだ。
アメリカのベストセラー
『コロッサス』にみるイラク戦後
日本は翻訳大国といわれながら、アメリカでベストセラーになった、ハーバード大学教授ニィアル・ファーガソンの『コロッサス(巨人)』(2004年刊)は、いまも翻訳されていない。この本はアメリカが「帝国」たりうるかを、主に大英帝国との比較で論じたものだが、『論座』5月号は、この人気歴史学者へのインタビューを試みている。
ファーガソンは、アメリカは〈帝国の要素を併せもって発展してきた国民国家〉であるという。アメリカの骨格は〈先住民と支配地域の拡張によって、一種の「北米帝国」が形づくられる中で定まっていった〉。ところが、〈太平洋岸に到達したあとは、帝国から急速に国民国家へと変貌していった〉という。
アメリカは〈フィリピンやプエルトリコを領有するなど海外に帝国の版図を拡大した〉のに、〈米国に特徴的なことは伝統的な帝国主義的統治に乗り出していると見られることを好まなかった点だ〉とファーガソンは指摘する。この点について、『コロッサス』では、アメリカがヨーロッパの帝国からの脱出者によって建国されたため、アメリカは反「帝国」を標榜する「帝国」という、矛盾した存在となったからだとも説明している。
興味深いのは、英国生まれのファーガソンから見ると、アメリカ「帝国」の行動は、帝国としては生易しいものに映るという点だ。前作『帝国』(2002年刊)では、英米の共通性を強調して「アングロバリゼーション」と呼んだが、『コロッサス』ではイラク戦争を踏まえて、相違を強調するようになった。〈1917年、英国軍はイラクに進攻し、モード将軍は「占領者ではなく解放者としてやってきた」と宣言した。これは米国のせりふと同じだが、英国の統治は58年まで続いた。1920年には反乱を武力で討伐するような事態も起きたが、立憲君主制がつくられ、40年間、イラクは国内的には相対的に安定した時代だった〉
この英米の相違を、ファーガソンは投入した兵員数によって際立たせている。〈17年に英国がイラクに進駐したときは英軍兵士とイラク人の割合は、おおよそ1対19だった。ところが現在、米軍兵士とイラク人の割合は1対130ないし140で、これではとても対応できない〉。『コロッサス』によれば、アメリカは自分たちが帝国であることを認めたくないので、思い切った兵員投入ができないのに、現地の政治と経済の制度だけは急速に変えたがるので、ますます軍事介入した地域は混乱するという。
アメリカがイラクで失敗を続けていることについては、ネオコンに責任があると指摘するが、ここでも強調するのは歴史的な認識である。〈すべてが彼らの間違いというわけでもない。ただ、ネオコンは歴史に学ぶところがあまりに足りなかった。1945年にパリに入った連合軍が解放者としてパリ市民に迎えられたのと同様のことを彼らは夢想したのだろうが、それはイラクの歴史に対する驚くべき無知に基づくものだ〉
では、イラクの混乱を解決する方法があるのかと聞かれて、ファーガソンは即座に答えている。〈ない。また、それを望むべきではない。米軍はただちにイラクから撤退すべきではない。撤退を急げば、イラクはひどい内戦に陥るだろう〉。『コロッサス』には、このインタビューで披露されたような、大英帝国との数字による比較が随所に出てきて興味深い。
しかし、さらに興味深いのは、いまアメリカの少なからぬ教養層が、彼の『コロッサス』にイラク戦争後の世界を読み取ろうとしていることだろう。ファーガソンは、アメリカが世界から後退する事態が生じれば、招来されるのはマルチ・ポーラー(多極)化ではなく、ア・ポーラー(無極)の世界だと警告している。
「従軍慰安婦」問題の再燃には
組織的な対抗措置が必要
アメリカ下院に提出された決議案「慰安婦の人権擁護」をめぐって、『ウイル』5月号が「総力大特集『従軍慰安婦』に大反撃!」を掲載している。ここで執筆している論者たちも、また書かれている内容も、これまで「従軍慰安婦」問題について関心がある人なら、お馴染みの論者と内容だ。それは当然のことだろう。
これまでと異なるのは、このような決議案がいま提出される理由が分かりにくく、また、中心となったのがマイク・ホンダ氏という日系議員だったことである。しかし、中間選挙において上下院とも民主党が勝利したことで、人権問題を「売り」にする議員が活気づくことは予想できた。また、特集で何人もの論者が指摘するように、ホンダ議員は中国系反日団体である「世界抗日戦争史実維護連合会」の支援を受けていることから、今回の決議案提出は、中国のバックアップのもとに行なわれた疑いはきわめて濃いといえる。
しかも、注意すべきは、こうした決議は今回で終わるのではなく、今後も繰り返し登場する可能性が高いことだ。でたらめな決議案の誤りを指摘することも大切だが、今後の対策を具体的に考えておくことも喫緊の課題になりつつある。
第1に、「従軍慰安婦」問題に対する反論を、日本国内の読者向けだけではなく、海外向けでも行なうことだ。これまでの反論は、例外もあったが、基本的な知識をもっている読者を前提に、日本政府のかかわりを主張する論者の主張を、事実と情理で反論するという形で進められてきた。しかし、今回、唖然としたのは、まったく基本的知識のないアメリカ国民を前提にして、根拠のない話を何の自制もなく垂れ流していることだった。
今後は、基本的知識がなく、また、日本に同情心のない人々に対しても、説得力のあるやり方をしなければならないだろう。具体的にいえば、秦郁彦氏などが指摘するように(『諸君!』5月号)、戦争における性の問題を、他国の場合との比較のなかで論じる必要があるということだ。アメリカの場合も、常に「自由恋愛奨励」で済ませられたわけではない。戦局が有利でない場合には、直視したくない事態が生れることは、ベトナムなどの例から明らかだ。それは、日本からの反論に説得力を与える。
第2に、『ウイル』の特集では渡部昇一氏が再論しているように、対抗措置を考えることだ。もっとも、渡部氏は〈もし、講和条約以前のことを議会で言ってもいいのであれば、アメリカのホロコーストのことを日本人は言いますよ、と主張すべき〉と述べているが、〈外交官などがプライベートの席で〉と付け加えているところを見ると、組織的な対抗措置は考えていないようだ。
しかし、ハーバード大学のスティーブン・ワルト教授などが指摘するように、いまやアメリカの外交は、世界各国によるロビング(議会工作)によって大きく左右されている(『テイミング・アメリカン・パワー』)。とくに、アメリカとの利害関係が深いイスラエル、中国、インド、韓国のロビーは激しい運動を展開している。これまで日本は、こうした現実を知りながら放置してきた。それがアメリカへの信頼を示すことだと考えたためか、単に怠惰だったのかは分からないが、アメリカ議会の現実は、楽観を許さないところまで来たようである。