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イランの核開発問題をめぐって米国とイランが一触即発の緊張した対立を続けている。
中東全体で確実に影響力を増大させているイランに対して、米国はペルシャ湾岸地域での海軍力を増強させ、イラク国内でのイラン勢力排除に乗り出し、露骨な反イラン・キャンペーンを激化させている。アフガニスタンとイラクで対テロ戦争の泥沼にのめり込む米国は、ここに来てさらにイランと新たな戦端を開くつもりなのだろうか。迷走を続ける米国の中東政策は一体どこに向かって進み、エスカレートを続ける米国とイランのチキンゲームは今後どのような展開を見せるのだろうか?
「イラク研究グループ」に対するブッシュ大統領の回答
「イラクの成功には、過激派の挑戦に直面しているイラクが、その領土の保全と地域の安定を守ることが不可欠な要素である。これにはイランとシリアに本気で対処することからはじめなければならない。これらの2つのレジームは、彼らの領土を使ってテロリストや反乱勢力がイラクに自由に出入りするのを認めている。イランは米軍を攻撃するための物資面での支援をしている。我々はわが軍に対する攻撃を断固阻止する。我々はイランとシリアから(武装勢力への)支援の流れを遮断する。そしてイラクにおける我々の敵に対して先端兵器と訓練を提供しているネットワークを探し出して壊滅させるのだ」
これは2007年1月10日に、ブッシュ米大統領が新しいイラク政策を発表する中で述べたものであり、シリアとイランに対する「宣戦布告」を思わせるような激しい口調であった。
ブッシュ大統領率いる米共和党は、対イラク政策に対する事実上の米国民の審判となった昨年11月の中間選挙で歴史的な大敗を喫し、上下両院で12年ぶりに多数党の座を野党民主党に明け渡した。
このイラク駐留米軍の早期撤退を訴える民主党の劇的な勝利を受けて、ブッシュ大統領は民主党や共和党内の穏健派の意見に耳を傾ける必要に迫られ、ラムズフェルド国防長官を更迭してロバート・ゲーツ元CIA長官を新国防長官に任命し、同時に「あらゆる政策オプションを考えている」と発表して対イラク政策の大転換に着手したのだった。
そして新しい国防長官に任命されたゲーツ氏が、共和党と民主党の超党派で構成された「イラク研究グループ」のメンバーであったことから、このグループが発表を予定していた政策提言に世界中の注目が集まることになった。
共和党では「穏健派」、「現実主義派」を代表するジェームズ・ベーカー元国務長官と民主党のリー・ハミルトン議員を共同議長に据える「イラク研究グループ」は、2006年12月7日、142ページ、79項目にわたる提言を発表した。共和党と民主党の様々な意見を有するメンバーで構成される同グループは、「これ以上現在の政策を続けても見込みはないので、段階的に撤退の方向へ進むべきだ」というコンセンサスをワシントンの政策コミュニティ内でつくることに主眼を置いて提言をまとめたという。
当然これらの提言は、明らかにブッシュ政権に対して180度の方向転換を迫る内容であり、中でも注目されたのが、「2008年の第14半期までにすべての戦闘部隊を撤退させる」とした点と、「隣国のイランやシリアと交渉のテーブルにつくべきだ」と提言した点であった。
ところがブッシュ大統領が発表した新政策は、「撤退」どころか最大5個旅団2万人強の米兵を首都バグダッドやアンバル地方に増派するとともに、民生安定に向けイラク人を雇用するために公共事業などに最大計10億ドルの緊急経済支援を行い、さらにシーア派とスンニ派の和解を中心とした政治プロセスを積極的に推し進めるという内容だった。イラク研究グループの提言は、全くと言っていいほど受け入れられなかったのである。
さらにこれまで以上に強い口調でシリアやイランを非難することで、ブッシュ大統領は、「イラクの安定のためにイランやシリアと直接交渉せよ」というベーカー元国務長官等ワシントン政策コミュニティの「現実主義者」に対して明確な回答を突きつけたのである。
イランに対する「攻撃的な行動」の始まり
そしてこのブッシュ大統領の強気の発言が単なる言葉だけでないことがすぐに明らかになった。1月11日の晩、イラク駐留米軍の一部がイラク北部のアルビルにあるイラン政府の連絡事務所を急襲し、6名のイラン人外交官の身柄を拘束したとの発表がなされたのである。
米軍は、「イラクにおけるテロ活動にかかわっている容疑者だ」としているが、イラク政府の許可を受けてイラン政府の事実上の領事館として機能していたこの事務所に突入したのは、非常に強引な行動であった。実際に米軍はアルビルの治安を管轄するクルド兵との間で2時間以上も一触即発の緊張した対立を経て、イラン政府の連絡事務所に強行突入したのである。
イラン政府は、「これは明確な国際法違反だ」としてこの米軍の行動を非難しているが、米国務省は「この連絡事務所が正式な領事館ではないため、事務所の敷地はイラン政府のテリトリーとは認められない」と主張。またコドリーザ・ライス米国務長官は、「今回の軍事作戦はブッシュ大統領の承諾を得たもの」であり、「今後もこうした攻撃的な行動をとる」と述べたのである。
昨年12月末にも米軍はバグダッドで4名のイラン人を拘束していた。この四名のうちの2名はイラクのジャラル・タラバニ大統領の招きでイラク入りし、イラクの治安状況改善のための調整をしていたと言われていた。しかし米軍はこのイラン人たちを諜報機関員であり、米軍に対する攻撃を画策していた疑いで逮捕したのである。
今年1月18日付の『USニューズ&ワールドレポート』によれば、昨年終わりに米軍内に「タスクフォース16」と呼ばれる特殊作戦チームが設立され、イランの武器密輸やシーア派民兵の訓練を壊滅させるための特殊作戦を開始していたという。この作戦は海軍の特殊部隊シールズや陸軍のデルタフォース、それにCIAの準軍事部門がアルカイダの幹部や旧バース党の幹部を捕獲もしくは殺害するためにつくられた秘密作戦チーム「タスクフォース15」をモデルにしているという。
この特殊作戦チームの結成は、「イランに対する軍事的な対抗策をエスカレートさせていく」というブッシュ政権の政策の一端を担うものであり、軍事関係者がいうところの「広範囲に及ぶイラクにおけるイランの影響力網」を叩くという作戦なのであった。
実際ブッシュ政権は、米軍に対してイラク国内のイランのスパイやエージェントに対しては殺害か捕獲などの措置をとることを許可する新しい方針を出しており、イラク国内においては非常に厳しい対イラン政策をとり始めている。
1月26日付の『ワシントン・ポスト』紙によれば、過去1年以上にわたって、イラクの米軍は密かに数十名のイランのエージェントと思われる人物を捕まえてきたが、そのたびにイランとの政治的な対立を回避するために、3、4日間の拘束の後に釈放するいわゆる「キャッチ・アンド・リリース」政策をとってきたという。それが今後はイランとの対立を恐れずに「キル・オア・キャプチャー(殺害または捕獲)」政策に変更するというのである。
こうしてブッシュ政権は、1月初頭の新イラク戦略の発表と時を同じくして、イラク国内におけるイラン勢力に対する攻撃的な軍事行動を開始したのである。ブッシュ政権はイラクの混乱をイランにまで拡大するつもりなのだろうか。そしてこのまま一直線に対イラン戦争へと突き進もうとしているのだろうか?
イラン包囲網の「再編成」
ブッシュ政権高官のコメントを注意深く読み込み、その行動をじっくり観察していくと、米国が考えている対イラン戦略の輪郭が浮かび上がってくる。
ライス国務長官は、米国の中東政策の新しいフレームワークを、「イランやイスラム過激勢力を封じ込めることに利害を共有する国々の再編成(realignment)」という言葉で表現している。「realignment」という言葉は最近、米軍再編の「再編」を表現するときに使われており、「再編成」や「再配置」という意味である。
ライス長官は、「この新しいアプローチは、イランが代理人を通じた影響力の拡大を図ろうとしていることに対するアラブ諸国の懸念が強まっていることを反映したものだ」と述べており、「(昨年夏の)レバノン戦争後、中東は明確にイランと同盟を結ぶ過激勢力(シリアやヒズボラやハマス)の存在を浮き彫りにした。こうした勢力と敵対する勢力、すなわちレバノン政府、イラク政府それにパレスチナ政府や、サウジ、エジプトやヨルダンのような国々」は、イランが先導する「過激勢力」の台頭に懸念を抱いており、中東はこの2つのグループに明確に分かれてきているという認識を示している。
しかしイラクの泥沼にはまり込んでもがき苦しむ米国は、このように台頭するイラン勢に対抗できる『信頼できる同盟国』ではないのではないか、という認識がサウジアラビアのようなアラブの穏健派諸国で強まってきていることから、「米国はペルシャ湾へのプレゼンスをこれらの国々に対して改めて示すことが必要になってきた」とライス長官は説明している。
つまり「イラクにおけるイランの活動を妨害したり、ペルシャ湾に新たな戦艦を送ったりしているのは、サウジやその他の穏健アラブ勢力に対して、我々の信頼性を再認識させる努力の一環」なのだという。
米国はとりわけイラクにおけるイラン勢力の拡大を阻止し、イランの影響力を排除するための軍事作戦を攻撃的に展開することで、サウジ等穏健アラブ諸国の信頼を回復し、このグループの結束力を強めてイランに対する封じ込めの体制を構築しようと考えている。またサウジ等の穏健スンニ派諸国の協力を仰ぐことで、イラクのスンニ派に武装闘争を止めさせ、政治プロセスに参加させるよう働きかけを強める考えも持っているようだ。
米国はイラク国内におけるイラン勢力に対する攻撃の手を強めつつ、イラン側の暴発を防ぐために追加の空母をペルシャ湾岸地域に送り、海軍力増強による抑止力の強化につとめている。その一方で、チェイニー副大統領、ライス国務長官、ゲーツ国防長官が代わる代わるサウジアラビアやバーレーン、UAEやカタールを訪れ、イランのために強硬策をとろうとしている米国に対する支援を強めるように訴えている。またその際に、「イランのミサイルの脅威から彼らを守るため」に、米製の最新レーダーシステムやミサイル防衛システムを売り込むことも忘れない。
対イラン・シリア政策の司令塔とイラン包囲網の構築
こうした対イラン包囲網の戦略の骨子は、すでに1年以上前からブッシュ政権内の秘密政策グループによって密かに議論され、部分的に実施に移されていたようだ。1月2日付『ボストン・グローブ』紙は、「イラン・シリア政策作戦グループ(ISOG)」と呼ばれる秘密の政策チームが政権内に存在し、イランやシリア政策に関する省庁間の調整機構として機能している事実をすっぱ抜いている。
このグループの存在は、その秘密性の高さから、国務省近東課の高官ですらその全景を知らされていないという。中東地域で高まっているイランの影響力を巻き返すため、国務省、ホワイトハウス、CIA、財務省など関連省庁の担当者を集め、極めて実践的な作戦レベルでの調整を定期的に行っているのだという。
中核メンバーは、国務省近東課のジェームズ・ジェフリー、NSCのエリオット・エイブラムスとマイケル・ドーラン。そしてチェイニー副大統領の娘エリザベス・チェイニー女史が共同議長をつとめる。全員タカ派でネオコン勢と意見が近い。
このグループは、核武装への道をひた走るイランの脅威に対抗する行動を調整するため、アラブ穏健派の同盟国であるサウジアラビア、UAEやバーレーンなどの軍事能力を強化したり、イランの反体制派勢力に対する秘密の支援を行ったり、1994年のアルゼンチンにおけるテロ攻撃におけるイランの関与を大々的に宣伝することでイランに対する国際的な非難を増大させる、といった多方面での行動を調整する機能を果たしているという(FACTA2007年2月号)。
ISOGの戦略は五つの柱で構成されており、その一つは軍事分野である。ここではアラブ穏健諸国(サウジアラビア、オマーン、UAE、バーレーン、カタール)の防衛力を整備し、特にイランのミサイルに対するミサイル防衛システムを整備し、NATOと湾岸諸国の軍事協力を強化することが柱となっている。
2006年2月には、ISOGに参加する国防総省の高官が米議会に対して、湾岸諸国に対する兵器や防衛機器の供与を加速させ、これら同盟国との共同軍事行動を加速させるための予算を増額するように要求している。国防総省は、これにより湾岸諸国が最先端のミサイル防衛システムや早期警戒レーダーシステムを導入して、イランのミサイル攻撃からの防衛能力を向上させることができると主張している。
こうした動きとリンクする形で、現在NATOはサウジアラビアに対して西側との協力協定に同意するよう働きかけを強めている。NATOは2004年に、26カ国の中東および北アフリカ諸国を集めて「イスタンブール・イニシアチブ」という防衛協力構想を発表したが、2004年当時には、ブッシュ政権の民主化拡大構想への反発から、中東諸国でクールな反応で受けとめられていた。
しかしここに来てイランの影響力が拡大していることを懸念する湾岸諸国が、この構想に再び関心を示すようになり、NATOが防衛計画や国境警備、民兵撃退などの軍事支援をしてくれることに対する期待が高まっているという。
こうした背景からすでにバーレーン、クウェート、カタール、UAEがイスタンブール・イニシアチブへの参加を決めており、米国はイラン包囲網を作る流れを強めるためにもこのイシニアチブを推し進め、サウジアラビアを中心勢力に据えたいと考えているのである。
2つ目の柱は経済分野であり、財務省がリードしてイランの金融機関との2国間取引を制限するなどの措置を実施している。米政府が最近積極的に行っている対イラン金融制裁は、この文脈から理解すべきだろう。例えば米財務省は1月9日、イランの大手商業銀行セパ銀行に対して制裁を科したと発表している。米財務省によれば、この銀行はイランのミサイル開発計画を支援し、北朝鮮のミサイル輸出とも関係していたのだという。
また米財務副長官のロバート・キミットは1月末にブリュッセルを訪問し、EU諸国に対して、最近米政府が下したセパ銀行の制裁措置に加わるよう強く要請している。
こうした経済制裁措置はシリアに対してもなされており、米政府は1月5日、シリア政府が米国内に持つ3つの政府系研究所の資産を凍結すると発表。理由はこれらの研究所が「大量破壊兵器の拡散と関係している」からだという。米国は、北朝鮮を追い詰めた実績を持つ金融制裁を、対イラン・シリア政策の重要な柱の1つと位置づけているのである。
3つ目は民主化部門であり、イランやシリア国内の反体制派や改革派勢力への財政支援、それにイラン国内の人権調査研究の後押しなどを行っているという。ちなみに2008年にはイランの民主化支援の予算は倍増される予定だという。
4つ目の柱は、イランのイラク、レバノン、アフガニスタンや国際テロリスト組織との特別な関係に焦点をあてる部門で、特に1994年のアルゼンチンにおけるユダヤセンター爆破事件へのイランの関与を調査し、イランの国際的な信用低下を喚起する国際的な情報作戦を行うのがミッションだという。
最後の5つ目の柱はメディア部門であり、ラジオなどのメディアを使ったイランやシリア国民に対する情報発信を積極的に行うことにより、両国内の反体制派、改革派を支援することを狙うという。
現実主義者と強硬派の対立
このように多方面からイランやシリアを攻めて孤立させ、彼らの影響力を封じ込める戦略をブッシュ政権はとり始めている。しかし現時点ではこの両国に一定の圧力をかけることで政権内部のコンセンサスはできているものの、最終的にどのような落とし所に持っていくのか、すなわち最終目標に関しては必ずしも意見はまとまっていないようである。
特にイランに対する圧力を強めることで同国との軍事衝突の危険性が高まることを懸念する声がブッシュ政権内にも存在する。ライス国務長官はこの潜在的な危険性を懸念する筆頭者であり、イラクにおいて米軍とイラン勢の軍事的緊張が過度にエスカレートしないような何らかの保障措置をとるべきだと主張してきたという。
イランとの軍事衝突を望まない点はゲーツ国防長官も同じである。『ニューヨーク・タイムズ』紙が報じたところによれば、ゲーツ長官は「短期的な軍事力の増強やイラクにおけるイラン勢力に対する攻撃的な軍事作戦が、中東地域における力関係を変え、結果として政治的な解決に導くことになる」という考えの持ち主だという。ゲーツ長官によれば、「もし米国がイランに対する十分なテコを取り戻し、十分な影響力を持ち直したとするならば、イランとの間の交渉にも意味が出てくる」のだという。
「率直に言って、今のこの時点でイラン側がわれわれから欲しいと思うものがあまりない。だから現時点ではいかなる交渉もわれわれの側が哀願者になってしまう」、このように述べたのもゲーツだ。彼はつまり必ずしもイランとの交渉に反対しているわけではなく、現在のように米国の立場が弱い(と見なされている)間は、交渉をしても妥協をするだけになってしまう。だから短期的に強硬な軍事作戦を展開してイラクにおけるイランの影響力を押し返した上で交渉に持ち込むという作戦を練っているのである。
しかしブッシュ政権内には、イランに対する外科手術的軍事攻撃も辞さない強硬派がいまだに根強く残っている。そしてゲーツ長官が最終的にはイランとの交渉に打って出ようと考えているのと同じように、最終的にはイランのレジーム・チェンジをすべきだと考えてそのために着々と布石を打っているグループも存在する。チェイニー副大統領がその中心だと言われている。
この強硬派グループが将来の対イラン強硬路線のために打った一手が、国家情報長官ジョン・ネグロポンテの事実上の更迭だったのではないかと、インテリジェンス・コミュニティでは囁かれている。
ブッシュ大統領は新イラク政策の発表を前にして、中東政策にかかわるスタッフの人事を大幅に刷新したが、その中でも特に米国の情報関係者たちの間で話題となっているのが、国家情報長官にジョン・ネグロポンテに代わりマイケル・マコネルを任命した人事についてである。この背景には、イランの核開発の評価をめぐりチェイニー副大統領とネグロポンテ元長官が激しく対立していたという事情があったというのだ。
「我々の評価では、イランが核兵器を保有するまでにまだ何年も時間がかかる。おそらくは10年以上先になるのではないか」。これはネグロポンテ氏が昨年4月に述べたイラン核開発に関する「評価」である。これはイランを危険視して強硬策をとるべしと考えているチェイニー副大統領や、政権外で彼らを支援するネオコン派言論人たちの「評価」とは真っ向から対立する。
実際にネオコン系シンクタンク「安全保障政策センター」のフランク・ギャフニー所長は、ネグロポンテ氏の解雇を声高に呼びかけ、とりわけネグロポンテ氏がイラクの大量破壊兵器に関してブッシュ政権強硬派の評価に疑問を呈していたインテリジェンス分析官を雇っている点を指摘していた。ネグロポンテ氏は国務省で情報分析をしていたトーマス・フィンガー氏と元IAEA大使だったケネス・ブリル氏を分析スタッフの要職につけているが、この2人ともブッシュ政権がイラク戦争前に大量破壊兵器の脅威を主張していたときに、その評価に疑問の声を上げていたのである。
ギャフニー氏は、ネグロポンテ氏が「このように大統領の政策を積極的に妨げようとしている官僚たちを、政治的に重要な地位に昇格させているのは極めて問題である」としてネグロポンテ氏を痛烈に批判してきたのであった。
米情報関係者たちの間では、「ネオコンたちがイランに対する先制攻撃への道を開く上で、最初の戦いはネグロポンテを封じることだ」と言われてきた。それゆえ、情報コミュニティでは、ネグロポンテ氏に代わり「小物」のマコネル氏が任命されたことは、「チェイニー副大統領の言いなりになる」からではないかと見られているのである。かつてCIAで対テロ部門に所属したヴィンセント・カニストラロ氏は、この人事を「大惨事」と表現している。
「米軍のイラン空爆計画」を伝える報道は昨年来何度かなされている。最近でも英BBC放送が、「米国がイランを空爆する非常事態計画を策定しており、空爆に踏み切った場合、標的は核関連施設にとどまらず、海空軍基地をはじめ、ミサイル関連施設や各種司令部など大半の軍事施設も攻撃対象になる」と報じている。
ブッシュ政権内ではチェイニー副大統領の周辺が軍事オプションを推し、政権外ではAEIのようなネオコン系シンクタンクが強硬策を強く支持する論陣を張っている。こうした強硬派が定期的に「空爆論」をリークしているのかもしれない。
慎重派のライスやゲーツと強硬派のチェイニーは、「短期的にイラク国内でイランに強く出る」事では合意したものの、その先の政策については、イランや国際社会の反応を見て決められることになろう。両者の路線対立が今後表面化するものとみられる。
イラン側はどのように見ているのか
このようにイラク国内でイラン勢力に対する圧力を強めてその影響力を低下させ、核開発問題では欧州や中露と組んでイランに外交圧力を加え、中東地域においてはサウジアラビアや湾岸のスンニ派産油国を再編してイラン包囲網を形成するというのが、ブッシュ政権の対イラン戦略の骨子である。
しかしこうした政策はイランに対してどのようなインパクトがあるのか。イラン側はこうした米国の作戦をどのように見ているのか。2月上旬、28回目の革命記念日を前に熱気を帯びるイランへ飛んだ。
大都市テヘランの人々の活気あふれる暮らしぶりを目にすると、「核開発問題で国連安保理から制裁を科され、米国と激しく対立して外交的に『孤立』している国」という日本で描かれているイメージとのギャップに驚かされる。ある日本人ビジネスマンはこのようにコメントする。
「イランにおけるビジネスは基本的にはほとんど変わっていない。大型プラント建設のような大規模プロジェクトは融資がつかないので進まないが、通常の日イ貿易への影響は最小限にとどまっている。制裁といっても核開発に関連したものに限定されているし、米国でさえ、イランの国民生活に影響を与える分野への制裁はしないという方針を出している。欧州勢もビジネスはビジネスと割り切っているので多少米国がうるさく言ったからと言って、ビジネスを諦めることはない」のが現状だという。
つまり核をめぐる外交的な国際社会との対立は、イランの国民生活にほとんど影響を与えていないため、「国民の間での危機感は低く、外交的な緊張と国民の認識には大きなギャップが存在する」のだという。
イラン人にとって米国との対立は今に始まったことではなく、79年のイラン革命以来対立を続け、お互いに非難し合いながら、しかし軍事的に正面からぶつかることはなかった。イラン政府に近いある要人は次のように述べる。「政治家たちは口では激しいことを言うが実際にはこれまでも何も起きなかった。さらに今の米国のどこにそんな余裕があるのか? アフガンでトラブルを抱え、イラクでトラブルを抱え、さらにイランとことを構えようというのか? イランの政治家も国民も大半が『これまでのように何も起きない』とリラックスしている」という。ブッシュ政権の「脅し」はほとんど効いていないのである。
またイランの経済戦略に詳しいあるイラン人ビジネスマンは以下のように説明する。「イラン政府は石油・ガス市場の魅力を最大限に活用して欧州や中露の企業の呼び込みに成功している。これらの企業に対して、外資がエネルギー分野に投資する際の優遇措置をとっていることをアピールして投資を呼び込み、また国営企業の民営化を進める中でも外資の参入を促し、インドネシアやマレーシアなどイスラムつながりの国々から大型投資を呼び込むことに成功している」
こうして「イランのエネルギー分野は外資に対してオープンである」ことをアピールしてイランへの投資を呼び込み、仲間を増やすことに成功しているというのである。資源高で消費国が資源獲得に血眼になっている中で、イランは数少ない資源大国としての魅力を最大限に活かして、米国が進めようとしている「孤立化」戦略を骨抜きにしているかのようだ。
別の政府関係者は、「米国の制裁を長い間受けることで、米国や英国以外の国々と関係を作ることを覚えた」とも述べていた。「例えば石油開発の分野で言えば、われわれは英米系企業に依存する代わりにマレーシアのペトロナス社の技術者にお願いする道があることを覚えた。マレーシア人たちは欧米に引けを取らない高い技術を持っていて、しかもイスラム教徒だから相互理解はし易い」
こうしてイランは英米と取引できなくても、欧州諸国や中国、ロシア、それにアジアのイスラム教徒の国々やインドや中南米の国々と政治的、経済的関係を密にしているので、「国際的に孤立している」とはまったく思っていないのである。
核問題に関しても同氏は、「われわれは宗教的な理由から原爆は持たないし、そのように繰り返し主張している。それなのになぜイランだからという理由で核開発をしてはいけないのか。なぜ特定の国には許されてわが国はだめなのか。このような不条理の下でわれわれは決して核開発を諦めることはない」と断言していた。
新中東政策は米国にとって命取りに
有力宗教指導者の側近は、米国が進める湾岸諸国の取り込み外交も「成功しない」と言い切る。
「もちろんサウジはシーア派の影響力が拡大することを望んではいないが、米国がいくら『イランの脅威』を叫んでも、サウジ人たちの方がイランの本当の姿を知っているはずだ。われわれの方から彼らに危害を加えたり、脅威を与えたりすることがないことを彼らが1番よく知っている。イランはサウジと直接話し合い説明し合うことができる。米国が思うようにサウジが動くことはないだろう。そもそも湾岸のスンニ派諸国を使って対イラン牽制をする、などというのは昔の古い手であり、昔から効果がなかった手をなぜまたやるのだ?」
イラン側はつまり、米国の足元を見透かしており、その脅しや挑発には乗らず、自国の市場としての魅力を活かしてなるべく多くの国々との関係を強め、淡々と米国の圧力をかわそうとしているのである。
中間選挙後のブッシュ政権がとりはじめた中東政策は、中東で拡大を続けるイランの影響力を低下させ、その過程でサウジアラビアなどのスンニ派穏健アラブ諸国との関係を強化し、親米ブロックの勢力を押し上げていくというのがそのエッセンスである。
しかしこの地政学的な要衝で6千年間生き抜いてきた百戦錬磨のペルシャ人たちは、口ではブッシュ大統領のトーンに合わせて声高に反米を叫びつつ、事態を冷静に分析して余裕を持って応じる構えである。ロシアも中国もインドもマレーシアやインドネシアも、欧州勢も、イランの石油やガスを手放してまでブッシュ政権の掲げる大義に賛同することはないだろう、と。言い換えると、そこまで米国の威信と影響力はこの地域で低下してしまったといえる。
ブッシュ大統領が「包括的な中東政策」と自画自賛する対イラン包囲政策は、「リラックス」したイランには大きな効果を与えそうにない。これまで同様、ブッシュ政権は中東世界の時代の流れを読み違えて、シーア派とスンニ派の断層線を活性化させるという「古い手」を無闇に振り回すだけに終わる可能性が濃厚である。
米国の新イラク政策と対イラン政策は、米国の影響力の低下をさらに白日の下にさらし、結果として覇権国家からの転落を加速させる契機になるかもしれない。
東京財団リサーチフェロー
すがわら・いずる 菅原 出
(略歴)
菅原 出氏
昭和44(1969)年、東京都生まれ。
中央大学法学部政治学科卒。
平成6年よりオランダ留学。
同9年アムステルダム大学政治社会学部国際関係学科卒。
国際関係学修士。
在蘭日系企業勤務、フリージャーナリストを経て現職。
英危機管理大手アーマーグループ取締役を兼務。
米国を中心とする外交・安全保障が専門。
著書に『アメリカはなぜヒトラーを必要としたのか』(草思社)。近刊に『外注される戦争』(同)。 |
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