月刊正論:4月号から  
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産経新聞社「月刊正論」からEISへの提供コラムです。
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   論壇時評

  寸鉄一閃 (P174〜177)
 
ジャーナリスト●ひがしたに・さとし 東谷 暁


  安易な「改革」を止めることが
安倍政権が再生する唯一の道

 3月号では、何誌かが安倍政権への批判あるいは激励の特集を行っている。たとえば、『ボイス』3月号は、「闘え!安倍総理」と銘打った激励特集だが、そのトップにくるのが竹中平蔵氏の「官僚をねじ伏せるケンカ術」である。

 竹中氏は、例によって〈改革を進めるのは本当に難しい〉〈改革案を出すときは、まず裏部隊と徹底的に議論〉〈「改革」という点で見たとき、安倍内閣はけっして本道を踏み外していない〉〈改革に衝突はつきもの〉〈叩かれずに改革など絶対にできない〉などなど、「改革」を行なうためのノウハウを羅列しているが、「改革」とはいったい何なのか、この論文を読んでもさっぱり分からないのである。

 竹中氏にとって「改革」というのは、最初から正しいものだが、「改革」とは何を目指しているのか、いかなる価値観に基づくものなのか、その価値観はどこから来るのかについて考えなければ、ただの「改革」フリークであろう。竹中氏は「官僚」と対決したと思っている。しかし、氏自身が〈改革の細かい部分にまで関与〉する、別のタイプの「官僚」だったことに気がついていない。

 安倍氏の支持率低下の理由は簡単で、首相就任前に語っていたことと、あまりに齟齬があるからだ。同誌では、さかもと未明氏が〈首相の演説を聞いて、あの何をいっているんだかわからない外来語オンパレードに嫌気がさし〉、そして〈その気分は、あの悪名高い「河野談話踏襲」のくだりでピークになりました〉と直截に述べているが、これまで支持してきた保守層は同じにがい思いをしたはずで、支持率低下になんの不思議があるだろう。

 では、安倍氏は小泉前首相のような「改革」を連呼する政治をやるべきなのだろうか。それなら、小泉再登板のほうがいいわけだが、『ウィル』3月号のコラム「永田町コンフィデンシャル」で九段靖之介氏が述べるように、「再登板なんて冗談じゃないッ」だろう。

 イラク参戦は、小泉前首相が自ら述べたように、自国の情報によって判断したのではなかった。訪朝は根本的に人気取り政策であり、国連常任理事国入りは失敗。郵政民営化は不毛な改革であり、米保険業界の圧力があったことは歴然としている。九段氏は「いったい何のための郵政民営化だったのかと、後悔する日が来るだろう」というが、すでに国民のなかには、「あれは何だったのか」という思いは生まれている。

 結局、もし安倍政権を意義のあるものにしたければ、『正論』3月号で藤原正彦氏が述べたように、「日本のために小泉さんを裏切る」ことしかなかったのだ。

〈安倍さんの1番大きな問題は、彼が小泉さんに支持されて首相になったことです。首相になる前から、「小泉路線を踏襲する」「改革を完成させる」と公言していました。私に言わせればそれがいけない。すべてにおいて小泉さんとは徹底的に違うことをやり、安倍色を出さないといけないのです〉

 しかし、おそらく安倍政権は、このままずるずる小泉路線を踏襲するだろう。もともと竹中氏の言動が証明しているように、小泉政権の「改革」に思想や価値観はなかったのだから、そのツケはすべて安倍政権が払うことになる。

 前述『ボイス』の座談会で国民TV代表の田中良紹氏がいうように〈安倍さんはまだ50代ですから、ご自身が失敗しても「再チャレンジ」が可能です(笑)〉。ただし、これは笑い事ではなく、いまから再登場の準備をしたほうがいい。ただし、そのさいには「改革」フリークの類は願い下げであり、アメリカでも失敗しているような「カタカナ」の改革案は持ち出さないで頂きたいものだ。

山崎拓氏の訪朝による新情報は
六カ国協議にどこまで役に立ったか

『現代』3月号掲載の、佐藤優氏と鈴木琢磨氏との北朝鮮をめぐる対談が面白い。冒頭、両氏は年明け早々の自民党前副総裁・山崎拓氏の訪朝について語っている。鈴木氏がいう。〈おおかたのメディアはこの山崎訪朝を過小評価しています。……北が大胆に動くシグナルだと解釈すべきです〉。佐藤氏も指摘する。〈私はそもそも「二元外交」という批判が外務官僚の「俺たちの縄張りを侵すな」というくだらない水準の話と考えています〉。

 もちろん、鈴木氏も佐藤氏も、山崎氏の行動自身を褒めているわけではない。佐藤氏はこの時点で指摘している。

〈宗大使から山崎さんが「日朝平壌宣言は今も有効」(1月14日付産経新聞)、六者協議について「近い将来、情勢の変化があり、勇気を持って努力すれば道が開ける」(同)との言質をとってきたことはインテリジェンスの観点からは大きな意味があります。しかし、本来ならばこれは外務省の課長レベルがおこなう仕事で、政治家を煩わせるべきではない〉

 この「情勢の変化」は、今回の六カ国協議での北朝鮮による「歩み寄り」となって現れたわけである。山崎氏は『中央公論』3月号に「米朝妥協、日本はバスに乗り遅れる」を寄稿している。

〈安倍政権は北朝鮮をめぐる情勢を読み違えているのではないだろうか。本来は外務省が進言すべき立場なのだが米国が対北朝鮮政策で方向転換を遂げたことは明らかである〉

 では、山崎氏は安倍政権の対北朝鮮のどこが「乗り遅れている」というのだろうか。〈日本政府は核・ミサイルや拉致の問題を解決する手段として「対話と圧力」を謳っていながら、現実には圧力一辺倒と言っていい〉。それで結果が出るのならいいが、ますます事態は悪化しているのではないかと山崎氏は言う。

〈北朝鮮も国交正常化を望んでいるという認識が日本には不足している。政治家の間でさえ、拉致被害者が帰ってくれば国交正常化はしなくともよいと思っている人が少なくない。だから「まずは拉致問題」となるが、よく考えれば順序が逆だ。核を片付ければ、必ず拉致も片付く〉

 どうも北朝鮮に対して甘いと思えるのだが、核の問題が解決しなければ拉致問題の解決には繋がらないという認識は(残念ながら)正しい。もう少し引用してみよう。山崎氏は次のように言う。

〈今のような対応では、核の問題が片付けば他の国々は知らんふりを決め込むという事態になりかねない。バスに乗り遅れてしまうのだ。どの国も相手にしてくれないから拉致問題も一向に片付かない、という状況に陥るだろう〉

 しかし、いま(2月18日)の時点でみて、六カ国協議での合意がすんなりと履行されると考えるのは、よほどの楽観主義者に限られるだろう。本当に〈米国が対北朝鮮政策で方向転換を遂げた〉とするなら、それは武力的解決を最終的に放棄し、封じ込めによって内部崩壊を待つことにしたということではないのか。

『フォーサイト』3月号は、六カ国協議合意後の記事を掲載。日本経済新聞論説副主幹の伊奈久喜氏は「対米外交でこそ測られる『北朝鮮なら安倍』の真贋」で、〈今回も意味のある前進は何もなかった〉と断じている。というのは、かつての軍縮交渉と同じく難解な字句の解釈によって、それぞれに都合よく受け止める「軍備管理交渉」になったからだと伊奈氏はいう。〈イラク、イランに関心が傾くブッシュ政権には、日本海、東シナ海に訓練と称して空母を派遣する決断などできていないから軍備管理的手法に逃げ込む。北朝鮮との関係を対等とする擬制の前提をつくり、譲歩すれば見返りを与える戦術をとる。これが、軍備管理交渉への堕落である〉。現時点で考えられる妥当な見通しといえるだろう。

ポスト資本主義を論じる
岩井克人氏の「洞察」と「錯覚」

 M&A(企業の合併・買収)が急速に日本企業を変えつつあるなか、『文藝春秋』3月号に東京大学教授の岩井克人氏が「会社は社員を守ってくれるか」を寄稿して、「ポスト産業資本主義」の経済と企業について論じている。

 岩井氏は〈「会社は株主のものでしかない」とするアメリカ流の株主主権論は、街角の八百屋のような個人企業とトヨタのような株式会社とを混同してしまった法理論上の誤りである〉という。なぜなら、〈八百屋では、オーナーが企業資産を直接所有〉しているが、〈トヨタの株主は会社資産の所有者では〉ないからだ。

 また、最近の格差問題についても〈諸外国と比べれば、統計的な数字を見ても日本はまだまだ「格差社会」と言われるような状況には至っていない〉のに、多くの人たちを不安にしているのは〈知らず知らずのうちに、資本主義の先頭ランナー、アメリカの姿に、5年後、10年後の日本の将来を重ね合わせているからだ〉と分析している。

 興味深いのは、株主主権であるはずのアメリカでは、高所得者が資本家から経営者に移動しているという指摘だ。これは〈いうまでもなく、ストックオプションや株価連動型給与の急激な普及によるもの〉で、いまや経営者と社員の給与格差は500倍にまで達した(日本は12倍)。この現象は〈「株主主権論」が、結局、経営者の利益のための手段として利用されているイデオロギーにすぎないことを、もっとも劇的に示している〉。

 ここまでは、ほとんど同意できるし、読者の多くが認識を同じくするだろう。ところが、新しい未来の兆候として挙げているいくつかの事例が、残念なことに錯覚としかいえないものなのである。

 たとえば、MBO(マネジメント・バイ・アウト)についてだが、これは経営陣が自社株を買い付けて上場を停止してしまう手法だ。その多くの場合、投資ファンドや投資銀行に資金を調達してもらう。岩井氏の評価はこうだ。

〈株式市場における資金調達と上場会社であることに伴う外部からの規律を諦める代わりに、短期的な利益を求める株主の圧力から脱して、組織としての会社の自律性を獲得する道を選択した〉

 この解釈は、まったく間違いといってよい。投資ファンドや投資銀行からすれば、MBOへの資金を調達するのは、企業に自律性を取り戻させるためではない。厳しいリストラと合理化によって企業価値を高め、再上場させて株式売却益を狙っているからだ。あるいは、企業の経営権を奪取して、キャッシュフローの獲得や資産の売却によって利益をあげる(MBIと呼ぶこともある)。こんなことは常識に属し、良心的なコンサルタントは、投資ファンドや投資銀行の甘い言葉に乗らないよう勧めているほどである。

 ほかにも、グーグルの株式上場方式が「黄金株」を取り入れた、経営陣に都合のよいものでしかないのに、これも新しい兆候であるかのように書いているのは滑稽である。そもそもこの上場方式は、グーグル株を高騰させ株を保有する経営陣を喜ばせているではないか。

 せっかく、現在の資本主義について分析を展開していながら、「ポスト産業資本主義」などという似非進歩主義的なキーワードを持ち出すから、いまも証券化されたネオ金融資本主義の時代が続いているのに、安易に新時代が来るといいたくなるのだ。


ジャーナリスト
●ひがしたに・さとし 東谷 暁

(略歴)
昭和28年(1953)山形県生まれ。
早稲田大学政経学部卒。
国立民族学博物館監修『季刊民族学』、アスキー(株)などで編集に従事。
その後『ザ・ビッグマン』『発言者』各誌の編集長を歴任し、フリージャーナリスト。
 
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