月刊正論:3月号から
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産経新聞社「月刊正論」からEISへの提供コラムです。
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深層リポート
日米同盟を蝕み続ける「海自」批判の朝日“誤報”
一面トップで「海幕、米軍に裏工作」と書き飛ばしてから5年…
いつまで頬かぶりを決め込むのか(P298〜303)
本誌●うしだ・くみ 牛田久美
5年前の平成14(2002)年、朝日新聞一面トップに、海上自衛隊の
制服組がシビリアン・コントロールに服さず独走して危険だという記事が
のった。9・11後、テロ攻撃によってもたらされた脅威の除去へ、日本は
どんな支援をすべきか話題となったころである。
見出しは「海幕、米軍に裏工作」(5月6日付朝刊)。4月、海上幕僚
監部の幹部が、在日米海軍のチャプリン司令官(肩書きは当時、以下同じ)
を訪ね、イージス艦やP3C哨戒機のインド洋派遣を、米側から日本政府
へ要請してほしいと働きかけたと批判。“海自→在日米海軍→米政府→
日本政府”という派遣要請の構図を描き出し、「米軍支援をめぐる制服組
の独走とも言える事態で、文民統制の危うい現状が浮き彫りになった」
(前文)と述べた。
編集委員の故・佐々木芳隆氏による記事で、二面に解説記事もある。
ところが、チャプリン司令官と香田洋二防衛部長は、確かに会談はした
が、記事にある支援要請の事実はなかったことが後に明らかになった。
会談前の3月には、米国から外務省、防衛庁に対し、4月16日ワシント
ン開催のミニSCC(日米安保事務レベル協議)でイージス派遣を正式に
取り上げてほしいと非公式に派遣要請があったという。
外交文書があるといい、この事実だけでも、記事は時間的矛盾を抱える。
海幕関係者によると、3月の米側の非公式要請を知った香田部長は、司
令官に「こんな話があるけれど知っていましたか」と話題にしたが、「い
ずれにせよ政治レベルの問題だからわれわれには協議できないですね」と
会話した。それがなぜか「海幕の裏工作」となったという。
在ワシントン関係筋も「そもそも、こんな手順はあり得ない」と言い切
る。
軍隊は強固な指揮命令系統をもつ完全なピラミッド型組織である。世界
に展開する米軍からみれば、会談した司令官は末端の一要職にすぎない。
国防総省の下の、太平洋軍の下の、太平洋艦隊の下の、在日米軍の下の海
軍の少将。「もしだれかが『日本の久間章生防衛大臣を動かしてほしいと、
奄美大島分隊長に要請した』と言ったら笑うでしょう。軍組織に疎いとこ
んな記事になる」という。
結局、チャプリン司令官は報道部を通じ、中谷元防衛庁長官は国会で、
それぞれ記事を完全否定した。海幕は、市民団体からの抗議や国会答弁に
追われつつ、赤星慶治監理部長名で抗議文を送付した。しかし、朝日側か
ら誠意ある回答は得られなかったという。
抗議に対し、佐々木編集委員は「証拠のペーパーがある」と主張したが、
文言の一致から、ペーパーは前出の米側非公式要請をまとめた外交文書の
可能性が高いという。「表紙には『米国からの要請』と書かれている。
佐々木編集委員は表紙を除く、残りの二枚だけ入手して、早とちりで記事
を書いたのではないか」(海自関係者)。
日米防衛・外交当局、そして当事者に取材し、記事の問題点を『諸君!』
15年3月号で精緻に検証したジャーナリストの長谷川学氏は、「朝日に情
報提供した“ネタ元”は会談内容を全く誤解していたが、自らを正しいと
信じきっていた。うち一人は会談にも居あわせず、伝聞にすぎなかった。
佐々木編集委員は、そうした部外者の話を当事者に取材しないまま記事化
したため誤報になったのではないか」と話す。
なんだか、NHKの慰安婦報道をめぐり、安倍晋三、中川昭一両衆院議
員が番組に圧力をかけたと朝日が報じたが、NHKが自ら否定し、朝日に
抗議したようにそうした事実はなかった問題を思い起こす。安倍氏らの記
事は、アサヒ・コムが英語版をそのまま提供しており、海外へ誤った情報
を発信していると問題になっている。
同様に、朝日新聞は、海幕のこの記事についても、まだ訂正していない。
同紙政治部長から「あれは編集委員が書いた記事だから」と、まるで他人
事のような言葉があったきりという。
そのうち、佐々木編集委員はすい臓ガンのため17年7月に59歳で死去し
た。海幕は「亡くなった方に鞭打つのはどうか」と話し、矛を収める形と
なった。
■独り歩きを始めた朝日記事
ところが、問題はこれでは済まなかった。
当時もニューズウィークが記事に引用したりしたが、最近、平和団体や
政治学者が、文民統制逸脱の事例として用いている。17年には、学者の
纐纈(こうけつ)厚氏が自著『文民統制』(岩波書店)で、記事を土台に
持論を展開した。
「典型的な出来事が『朝日新聞』の報道によって明らかになった。
……事の真相は、海自のシンボルとも言える電子戦闘艦であるイージス艦
の派遣を躊躇する日本政府の態度に業を煮やした海自の幹部が、アメリカ
の威光を楯にとって派遣の実現を果たそうとしたことにあった」「アメリ
カとの連繁強化という、日本政府の外交・防衛政策の原則に便乗しつつ、
自らの宿願を実現しようとする海自幹部の行動自体の背景には、この機会
に軍事判断や選択を正面切って押し出していこうとする自衛隊幹部間の共
通認識があったのである」
共通認識もなにも、要請した事実はなかったのである。無から導かれる
結論に価値はあるのだろうか。第2章「文民統制逸脱の戦後史」の一節は
まるまる記事を前提とする。朝日は、海自だけでなく纐纈氏にも謝罪しな
ければならない。
纐纈氏はさらに、海自の“狙い”をこう類推する。
「作戦展開中のアメリカ海軍の通信リンクに加わることによって、初めて
正真正銘の連繁が実現すると考えているのである。アメリカ海軍から通信
リンクに必要なハードとソフトが期限つきで譲渡され、文字通り、アメリ
カ軍の情報ネットワークへの参入を許されることになる」
通信のリンクは、ずっと以前からなされている。ふだんの演習でも、リ
ムパック(環太平洋合同演習)でも。だからこそ、これより前、北朝鮮が
テポドン1号を日本へ向けて発射したとき、米軍と情報を共有する海自は
護衛艦を現場へ派遣、警戒活動を強化したのだ。
纐纈氏は続ける。
「海自が実際に通信リンクに参入したか依然としてはっきりしないが、参
入して獲得した情報を防衛庁内局に秘匿したままである可能性も極めて高
い。それは内局ですら確認しようがなく、内局はその点に関して自衛隊側
に不満を募らせてもいる」
内局の人々がこれを読んだら驚くことだろう。残念なことに活字は−−
記事も、こうした書籍も−−歴史として残る。内局と言えば、今も記事を
信じ、昨年夏の統幕長人事をめぐっても、記事が影響を与えたとみる向き
もある。
朝日新聞は、データベースでの提供をとりやめるか、両記事に対する防
衛省見解を付すべきではないだろうか。
■解任されたベテラン報道官
同じ17年末には、米海軍司令部内で、佐々木編集委員に情報をリークし
たと疑いをかけられたベテラン報道専門官、長尾秀美氏が解任された。
表向きの解任理由は、『日米永久同盟』(光文社ペーパーバックス)出
版だった。すでに決まっていたのか、即日任を解かれている。同氏は3年
前にも『日本要塞化のシナリオ』(酣燈社)を出版している。解任理由に
驚いた報道関係者十数人から、復職を求める嘆願書がJ・ケリー米海軍司
令官宛てに出された。
司令部内で何があったのか。関係者は、この朝日誤報を朝日事件と呼び、
長尾氏にリークの疑いがかかり、司令部内でずっと尾をひいたと指摘する。
この件を担当した海幕関係者によると、長尾氏は佐々木編集委員から取
材を受けて以降、記事掲載の政治的、社会的インパクト(影響)を調べる
ため日本の政治家、海自、地元横須賀の関係者らにヒアリング(意見聴取)
を行い、司令部に報告した。
ところがヒアリング対象者に、佐々木編集委員への情報提供者−ある海
自隊員と地元政治関係者の二人が含まれていた。うち一人は前著のインタ
ビューにも登場する。長尾氏は、よもや電話の相手が、佐々木編集委員に
資料提供した人物とは思いも寄らなかったろう。
記事掲載後、米軍内でリークのルートが明らかになった線上に、二人に
接触していた長尾氏の名が挙がったという。
結局、疑いが晴れたのは、皮肉にも、佐々木編集委員がほどなくして二
本目の誤報記事を書いたからだった。横須賀ではなく、中東・バーレーン
を舞台にした「海自艦、米が戦術指揮」(14年6月16日付朝刊1面)であ
る。
前年11月、海幕防衛班長らが、中東の米中央軍第五艦隊司令部で、ムー
ア司令官に対し、海自艦がインド洋での補給作戦で米海軍の戦術指揮統制
下に入るのを容認したという内容である。政府の憲法解釈によって禁じら
れている集団的自衛権行使に直結すると批判、「また海幕の現場独走」と
3面で解説した。
しかし、これもまた、海自の作業班はムーア司令官を表敬訪問しただけ
で、実際に打ち合わせした相手は第五艦隊スタッフだったことが分かった。
海幕は続けての誤報に「訴訟も辞さない覚悟であります」と異例の強い文
句で締めくくり、古庄幸一副長名で抗議文を朝日新聞に送り、記事の訂正
と謝罪を求めた。
「防衛班長クラスが、数段格上の米軍の司令官相手に、実務的打ち合わせ
をすることなど、軍隊の常識からしてありえない」「リムパックですら、
集団的自衛権の行使を禁じる政府見解を考慮して、単純な『指揮命令』で
はなく、複雑な『調整』で運用している。ミサイルの捕捉・追尾より単純
な洋上補給で、米軍指揮下に入るなどあるはずがない」(関係者)
しかも、佐々木編集委員が入手したのは「公電の下書き」だった。
自衛官も英語ができるが、正確を期すため外交官に打ち合わせを通訳し
てもらった。ところが軍事用語が頻出し、外務省に宛てる公電の下書きは
「作戦統制(operation control)を米軍に委ねることはできないが、よ
く連絡して密接な調整下でやりましょう」と言ったのに、密接な調整
(close coordination)が誤って戦術統制(tactical control)と記され
ていたという。
自衛官が誤りを指摘し、外交官が直し、正式な公電になった。ところが、
作業チームは帰国後、内局、海幕各部との連絡調整で下書きを作業ペーパ
ーに用いた。本来、正式な公電が外務省経由で防衛庁に届くのを待つべき
だったが、第一回目の給油が目前に迫り、時間がなかったという。佐々木
編集委員が入手したのはこの作業ペーパーだった。正式文書と勘違いし、
当事者にも取材しなかったため、現場では交わされなかった「会話」が記
事で“再現”されている。
この記事について、阿川尚之氏は同紙へ寄稿した7月8日付「私の視点」
で、誤訳部分を報道した問題以前に、委員の姿勢そのものを批判している。
「狭い視点でしかものを見ない、はなはだ一方的な議論だと思う」「軍事
専門家同士が最適なオペレーションは何かを模索するのは、彼らの当然の
義務である」
国際的な常識から、海自が直面している問題も指摘した。
「海自艦隊が米海軍の指揮下に入らないほうが、実はおかしい。インド洋
で対テロ作戦に従事する各国海軍は、ほとんどすべて米海軍の指揮下で行
動している。その方が円滑に作戦を実施でき、無用な事故を防げるからだ」
佐々木編集委員の記事は、同社が外部識者を招いて開く朝日新聞紙面審
議会の第12期第11回でも問題となったようだ。
審議委員の北城恪太郎・日本IBM会長は「『インド洋上補給 海自艦、
米が戦術指導』が特報されたが、対テロ戦の補給作戦で海上自衛艦が現場
で米海軍と連絡を取り合っていることに、一面のニュース価値があるのだ
ろうか」と疑問を投げかけた。これに対し、木村伊量政治部長は「防衛庁
側からそういう事実関係はなかったという指摘があった。阿川尚之慶大教
授の反論も紹介した。記者側は文民統制の重要性を訴えるコラムで再反論
した。こういうキャッチボールで、実態への理解がさらに深まればいいと
思う」と語っている。肝心の記事の真偽はどうなったのだろう。
■解任の口実になった出版
本題に戻ろう。ともあれ、バーレーン−東京間の誤報が掲載されたこと
で、横須賀にいる長尾氏がリークしたという誤解は、ひとまず解けた。
「けれども、ホーム(米国)出身の軍属からみれば、日本社会に溶け込む
長尾氏に対して一度抱いた疑念が完全に拭われることはありませんでした」
(関係者)。この一件のあと、何も事情を知らない者に対しても、長尾氏
と関係者の動向に注意が促されたりした。
米軍は一般に、どの部署も午前七時から午後四時まで集中して仕事し、
夜は、家族や友人と過ごす私的時間を大切にする。長尾氏は、本を執筆し
ない夜は、東京で講演をきいたり、知人に会った。
講演をきき「日米関係の強化に寄与する考え方の人物だ」と感じると、
積極的に挨拶し、機会をとらえて米艦に招いた。米本国では民間人を艦船
に招いては「皆さんの税金で国が守られています」と積極公開する。横須
賀基地も同様に、日米交流が深まることを願い、日本の政治家、議員秘書、
企業トップ、報道陣を招いていた。また、空母や各艦の広報担当(軍人)
に声をかけ、一緒に東京・永田町の衆議院会館別館のレストランへ来るこ
ともあった。そこには全国紙政治部記者、月刊誌編集者、海上自衛隊広報
官、作家らが集まった。
日米の信頼を育むのは小さな交流の積み重ねであり、日米両国の国益に
資すると考えていたが、そうした行動にまでも、司令部は疑念を抱いたの
である。
もちろん、長尾氏自身にまったく非がなかったとはいえない。光文社ペ
ーパーバックスといえば、既刊『内側からみた富士通「成果主義」の崩壊』
『NTTを殺したのは誰だ!』『メガバンクがコンビニに負ける日』のよ
うに内実暴露モノが多く、それを正面から取材し世に問うことで評価を得
た新シリーズだった。本の背表紙には、小泉純一郎首相のことが「ブッシ
ュのポチ公」と書かれている。現職の報道官には不似合いな表現である。
タイトル、表紙の文言を決めるのは出版社であり、著者の見解ではない
−−そうした日本出版界の慣習は、米軍幹部、いや日本の読者にも分かり
にくかったろう。長尾氏を光文社に紹介したのが、朝日新聞記者だった点
も残念である。
光文社の山田順編集長は「まさか解任されるとは」とその後を案じた。
もちろん、山田氏は朝日記事とその後の司令部内の摩擦は知らない。
出版は、解任に格好の口実を与えることになった。
長尾氏が職を離れた後、司令部は迷走した。昨年1月、米海軍兵士の強
盗殺人事件後、第七艦隊司令官と在日米海軍司令官は日本国民と横須賀市
民あて公開書簡で「日本には『雨降って地固まる』という諺があるが、こ
の事件が触媒の役割を果たし、日米同盟がより強くなる結果をもたらして
くれるといいと思う」と述べた。「『雨降って……』は加害側がいう言葉
ではない」と非難を浴び、「日本に駐留する海軍関係者が善良で人の気持
ちが分かる人々であることを理解してほしい。有事には危険な場に身をさ
らすことを厭わない」という米側の真意が伝わらなかった。
解任に関わった司令部のR・ノーラン人事副部長は、昨年11月4日、神
奈川県警に傷害容疑で逮捕された。基地そばの繁華街「ドブ板通り」にあ
る、自ら店長を務めるバーで、日本人男性(70歳)の胸を両手で突き飛ば
して転倒させ、頭の骨を折る重症を負わせたためである。被害者は死亡、
22日、傷害致死罪で横浜地裁横須賀支部に起訴された。
日本の法規に触れただけでなく、内規で禁じる酒を供する場での兼職を、
人事管理責任者がしていたことが軍内では改めて問題となっている。
来年2008年には原子力空母が横須賀基地へ配備されるのに、日米同
盟は大丈夫なのだろうか。
◇
記事の影響がこうして思わぬ広がりを見せている一方で、海上自衛隊は、
「為めにする記事であった」と嘆きつつ「われわれにできることは全てし
ました。死者に鞭打つことはしたくありませんし」と言葉少なだ。訴訟に
ついては、「われわれがもっとも不得手とすることですから……」。
長尾氏も「メディアで(解任を)とりざたされることは、日米同盟にプ
ラスではない」と口をつぐんできた。後任決定まで「(海軍報道部の)メ
ンバーを温かく見守ってほしい」という一文を報道関係者にメール送信し
たきりである。
横須賀市政記者クラブは、読売新聞が解任当日に県版で小さく報じたほ
かは、各社とも記事を準備しながら、宙に浮いたままの長尾氏の処遇を見
守った。長尾氏は在京週刊誌も含め、一切の司令部批判を抑えたまま身を
引いた。
しかし、日米の両当時者が沈黙する一方で、朝日の記事は、静かに、し
かし確実に日米同盟を蝕んでいる。海上自衛隊の名誉も、長尾氏の名誉も
回復されていない。
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このコラムは、毎週水曜日に更新予定です。
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